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イベントの報告

漱石の書簡から紐解く山荘の物語
アサヒビール大山崎山荘美術館提携企画
開催日時
2017年4月1日(土)14:00~15:00
講師
アサヒビール大山崎山荘美術館学芸員
このイベントは
終了しました

投稿日:2017年4月 1日 13:55 投稿者:みやも カテゴリー: 成人

本日のイベントは、『漱石の書簡から紐解く山荘の物語~アサヒビール大山崎山荘美術館提携企画~』でした。

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このイベントでは、アサヒビール大山崎山荘美術館で開催されている展覧会「生誕150年記念 漱石と京都ー花咲く大山崎山荘」の見どころをご紹介していきます。

講師は、アサヒビール大山崎山荘美術館 学芸員の入澤講師です。

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それでは、さっそく始めていきましょう☆

まずは、アサヒビール大山崎山荘美術館のご紹介からです。

大山崎山荘美術館は、大正から昭和初期に、実業家・加賀正太郎が別荘として自ら設計した英国風の山荘ですconfident

その後、加賀の手を離れた山荘は、平成に入りとり壊しの危機にあいましたが、心ある人々から保存が望まれていました。アサヒビール株式会社は、貴重な文化財を後世に伝え、その保全・活用を通じて豊かな社会を創出するため、京都府、大山崎町と協力して山荘の復元整備を行いました。

このようにして、大山崎山荘は、1996年「アサヒビール大山崎山荘美術館」としてよみがえりましたひらめき

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つづいて、2017年3月18日~5月28日までアサヒビール大山崎山荘美術館で開催されている「生誕150年記念 漱石と京都ー花咲く大山崎山荘」の見どころについてお聞きいただきましょう。

夏目漱石は生涯で4度、京都を訪れているそうですひらめき

1回目は明治25年、そして4回目は大正4年に訪れたといわれています。

その4回目となる1915年、漱石の京都滞在中に、加賀正太郎の熱心な招待に応え、大山崎に建築中であった加賀の山荘を訪ねたそうです。

3月22日に2人は出会ったそうです目ひらめき

当時、漱石は48才、加賀は27才でした。

当時、漱石は療養の為に京都に滞在していたこともあり、大山崎山荘までの急激な坂をかごに担がれて訪れたといわれているそうですよライト

そこで加賀は、大胆にも漱石に山荘の命名を依頼し、漱石は快く引き受けたそうです。

そして、漱石から送られてきた書簡についてのお話を写真を交えながらお聞きいただきました。

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なかなか深く知ることのできない、送られてきた書簡の書き下し内容のご紹介もさせていただきました。

4月29日、2回目の漱石からの書簡には、山荘の名前が考えられたものが送られてきたそうです。

全長180㎝もの長さの書簡で、そこには創案した14もの呼称案が書き記されていました。

実際にスライドを通して、その書簡も皆さんに見ていただきましたよhappy01

漱石の呼称案が実際に使われたかどうかは、是非、実際にアサヒビール大山崎山荘美術館の展覧会に訪れていただき、確認してみてくださいねひらめき

つづいて、漱石が京都に訪問した滞在中のヒミツに迫っていきましょうライト

漱石が実際に訪れたといわれている場所について、スライドをとおして漱石の日記や写真を見ながらお聞きいただきましたよ☆

最後は、漱石訪問後の大山崎山荘と蘭の栽培についてのお話をお聞きいただきました。

大山崎山荘が蘭のメッカと言われていた理由もご紹介しましたひらめき

数々の蘭花譜の写真も見ていただきましたよconfident

ご参加下さった皆さん、本日はいかがでしたでしょうか??

アサヒビール大山崎山荘美術館で開催されている展覧会「生誕150年記念 漱石と京都ー花咲く大山崎山荘」に是非、訪れてみてくださいねhappy01

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もうじき、桜の花も綺麗に咲く頃ですのでオススメですよ桜

展覧会の詳細はこちらからご覧ください↓

http://www.asahibeer-oyamazaki.com/tokubetu/33767/