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青山ハッピー研究所 ハピ研

「人がしあわせを感じるモノやコトって、何だろう?」衣・食・住・美など生活に密着したテーマでその答えを考える“しあわせ探しの情報サイト”

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ハピ”プロ”インタビュー | 「その道のプロ」にインタビュー。そこに在る「しあわせ」をレポート

黄金色のおいしいビールは、いつの時代も幸せの象徴! 松尾光平さん

ビール好きの間で、伝説ともいわれた東京・日本橋のビアホール「灘コロンビア(通称:灘コロ)」。そこの店主であり、ビール注ぎの達人と称された故・新井徳司氏の唯一にして最後の愛弟子で、今なおその味を現代に伝えるのが、松尾光平さん。平成10年には、新橋に自身の店「ビアライゼ’98」を開店。「灘コロ」から受け継いだ旧式のビールディスペンサーから注ぎだされるビールは、今も昔も、多くの人の心と体をハッピーに導きます。松尾さんのビールと幸せへのこだわりを聞きました。

師匠・新井徳司さんから学んだビールの奥深さ

松尾さんがこの世界に入ったきっかけを教えてください。

高校一年生のとき、新井徳司さんの「灘コロ」にアルバイトとして入ったのが、ビールとの出会いです。でも、そのときの目的はあくまで小遣い稼ぎで、正直、皿洗いでも何でもよかった(笑)。だから、まさか自分がこんなに長くビールに関わる人生を歩むことになるなんて、夢にも思っていなかったです。でも、働き始めてすぐに、ビールの魅力、ひいては新井徳司さんという人間の魅力に惹きつけられました。それまで子供ながらも自分の中に漠然とあった、ビールは、苦くて重くて、“とりあえず”最初に1杯だけ飲むものという概念が覆されたんです。新井さんが注ぐビールには、苦味も重さもない、特別な甘みがあると評判だった。それは、他店と同じビールディスペンサーで、同じビールを使っても、ね。新井さんの手にかかると、どんなビールも、まるで魔法を使ったかのように、黄金色の幸せな飲み物に変化するんです。

「灘コロ」はどんな場所でしたか?

ビールをじっくり楽しむために、お客さまが集まってくる、唯一無二の空間でした。インターネットもグルメ本も普及していない時代に、ビール通の「あそこのビールは特別ウマイ!」っていう口コミだけで一躍、人気店になっていったんです。夕方の5時オープンなのですが、まだ会社も終わっていないはずなのに、開店前からサラリーマンたちがどこからともなく集まってきて、20分もすると満席になっちゃうんですから(笑)。出されるビールは絶品で、炭酸の強い刺激もないから、いくらでもビールが進んじゃう。ラストオーダーには、一人当たり2〜3杯のビールを追加注文するのが当たり前で、みんな平気で10杯くらい飲んでましたね。

故・新井徳司さんとはどのような方だったのでしょうか?

落語好きで、相手をひきつける抜群の会話センスの持ち主でもありました。実は新井さんは、お酒を飲むことはあまり得意じゃなかったんです。意外でしょ? でも酒屋の生まれだったから、お酒に関する知識は豊富でとにかく勉強熱心。焼酎、ワイン、日本酒…製造法から歴史までなんでも詳しくて、ビールの話をさせると、メソポタミア文明から始まっちゃうんだから(笑)。その間、お客さんは“ビールはお預け”状態なんです。やっと幕末期くらいまで話が進むと、再びビールを注ぎだす。それで飲んだビールは、うまいに決まってるよ(笑)。行列のできるラーメン屋みたいなもので、待つほどに、口に含んだときの感動ってひときわ大きいじゃないですか? でも、お客さんは、新井さんの話に耳を傾けながら、わくわくした気持ちでビールが出てくるのを待つ。その待つ時間も、やっぱり幸せなひとときなんですよね。私も傍らで、いつも聞いていました。

ビールはわが子。長所を引き出し、短所は隠してあげるもの

ビール注ぎの技を受け継ぐまでの経緯を教えてください。

高校卒業と同時に「灘コロ」で正社員として働きましたが、その後も5年くらいは、ビールディスペンサーに触らせてもらえませんでした。ビールを運んだり、掃除したり、つまみを作ったり…ありとあらゆる修行をしましたね。でも、私にだけ、新井さんがビール注ぎの技を教えてくれたのは、料理をきちんと勉強したからというのもあったようです。ビールを注ぐことって、料理を作ることに似てるんです。それは、素材の持つ味を引き出してあげるということ。だから、ビール注ぎだけ教えてくれっていう人が尋ねて来ても、門前払いにあっていました。

ビール注ぎの極意とは何でしょう?

きめ細かい泡でマッチ棒が立つ

ビールは、「わが子」。ビール注ぎに求められるのは、ビールの短所である苦味を隠して、長所の甘みを引き出してあげるという作業。自分の子供の長所は伸ばしてあげたいし、短所は隠してあげたいと思う親心と同じです。なんのコンディションも整えていないビールって、そう何杯も飲めないでしょう? これも新井さんから受け継ぐ、独特な方法なのですが、炭酸をほどよく抜いてあげるんです。基本は2度注ぎで、1回目に一気に注ぎきって泡を立てて炭酸を抜き、2回目にはゆっくり、適度に炭酸を足してあげる。こうして注いだビールの泡は自然にできたもので、キメが非常に細かいから、マッチ棒だっていつまでも立っているんです。この作業は、技術も必要だけど、イメージすることも大切。缶ビールや瓶ビールを注ぐときだって、ビールが最高のコンディションになるように想像しながら注げば、少しは違ってくるもんですよ。

※樽生ビールはお取り扱いの飲食店様の環境(器具や品種等)によって扱い方が異なる場合があります。

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プロフィール

松尾光平(まつお・こうへい)さん

東京都生まれ。高校一年生より故・新井徳司氏が経営する伝説のビアホール「灘コロンビア」にて修行。唯一にして最後の愛弟子として、ビール注ぎの技を伝授される。平成10年に自身のビアホール「ビアライゼ’98」を東京・新橋にオープンする。

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松尾光平さん

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