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青山ハッピー研究所 ハピ研

「人がしあわせを感じるモノやコトって、何だろう?」衣・食・住・美など生活に密着したテーマでその答えを考える“しあわせ探しの情報サイト”

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ハピ”プロ”インタビュー | 「その道のプロ」にインタビュー。そこに在る「しあわせ」をレポート

町なかでのアートとの出会いが人々をさりげなく幸せな気分にする/山野真悟さん

かつては違法な特殊飲食店が軒を連ねた横浜・黄金町が、“アート”の力によって生まれ変わろうとしています。その最初の一歩として、2008年11月30日まで開催されているのが「黄金町バザール」。そのディレクターを務める山野真悟さんは、これまで、「まちとアート」をテーマに数多くのイベントやワークショップを手がけ、日常的な風景の中のアートを演出してきました。街なかでのアートとの出会いは、どのような「幸せ」をもたらしてくれるのでしょうか。山野さんに存分に語っていただきました。

小難しい説明を抜きにして
肩肘張らずに楽しめるアートを演出

現在、開催中(2008年11月30日まで)の黄金町バザールについてお話ください。

京浜急行線高架下に誕生した「黄金町スタジオ」

戦前の黄金町は問屋街だったそうですが、戦後は違法な特殊飲食店が軒を連ね、最盛期には250軒に及んだといいます。2005年、一斉摘発が行われ、違法店が一掃されたのは良かったのですが、それを機に町の一部が空洞化してしまいました。町のイメージアップとともに、活性化を図るにはどうすればよいか――。その最初の取り組みが、アートによって町の再生を試みる黄金町バザールです。このプロジェクトは、京急線の黄金町駅から日ノ出町駅に沿ったエリアに、ワークショップなどを行うアートスタジオやギャラリー、カフェや鉄板焼といった飲食店、デザイナーズブランドやアーティストが制作したスカーフを扱うショップなどを設置し、町を訪れた方々にアートとの出合いを体験してもらうのが趣旨。高架下のスタジオを新設した以外は、おもに特殊飲食店として使われていた空店舗を再利用し、今のところ約30ヵ所で展開しています。屋外に作品を展示したり、地域に流れる大岡川の橋に作品を設置したりと、町なかで思わぬ発見をできる仕掛けも充実させています。

ディレクターとして、どのような点に力を入れましたか。

摘発の後、黄金町では経済活動がストップし、もはや町として成立していない場所が出来てしまいました。その黄金町が再生するために必要な新しい要素を実験的に演出したのが、今回のバザールです。ところで、アートというと、「むずかしいのでは」と、身構えてしまう方もいるかもしれません。たしかに、現代アートは特殊な言語のようなところがあって、一定の知識がなければ理解できない作品もあります。美術館での展示であれば、それでよいのかもしれませんが、町なかの作品の一つひとつに「これはアートです」という説明を付けてもつまらないだけです。そこで、あえてアートか否かという線引きはあいまいにして、「面白い」「楽しい」「何だか気になる」など、説明なしでストレートに楽しんでもらえるものを集めました。アーティストに依頼する際には、「子どもが楽しめる作品かどうか」という視点を基準の一つにしています。またギャラリーやスタジオとともに、カフェやショップを混在させて、名称は「バザール」にしたのも、より多くの方々に足を向けていただくのがねらいです。アートかどうかを意識せずに楽しむうちに、気付いたら自然にアートに親しんでいたというのが理想でしょうか。

空洞化した町に
子どもの笑い声が帰ってきた

バザールの開催によって、黄金町の町はどのように変化しましたか。

会期の最初の三日間は、ものすごい数の人々に来場していただいて本当にびっくりしました。僕はもともと福岡県出身ですから以前の黄金町の光景はあまりわかりませんが、ある人から、「夜の黄金町を歩けるなんて信じられない」と言われましたから、かなり変わってきているのではないでしょうか。黄金スタジオに子どもたちが集まって遊んでいるのを見た近隣の人から「黄金町で子どもの笑い声を聞いたのは初めて」とも言われました。一斉摘発の後、地域や行政の方々が町の再生について話し合い、大規模な商業施設やマンションを建てるのではなく、既存の町並みも残しながら、徐々にイメージを変えていく手法を選びました。黄金町バザールは長い目で見た最初の一歩ですから、町がどのように変化していくかは、「これから」の問題。バザール終了後も、中身は変化させつつ、アートによって黄金町を再生する試みを続けていく予定です。

そもそも、山野さんがアートの道に進んだきっかけをお話ください。

父親が絵描きで家中油絵だらけという環境で育ちました。福岡の高校を卒業後、東京に出ようと思いましたが、当時は学園紛争の時代で、大学へ行っても仕方がないと勝手に思い込んで、当時神保町にできたばかりの美術専門学校の美学校に入学。そこで1年目はペン画、2年目は銅版画を学び、卒業後、1年ほど東京で過ごした後、いったん、出直そうという思いで福岡に戻りました。ところが、福岡には美術の仲間もいないし、ギャラリーの場所も分からない。それで、しだいに昼頃に起き、夜はジャズ喫茶に入り浸るという自堕落な生活へ――。当時の言葉で言うと、「フーテン」ですね(笑)。そんな生活を3年ほど送った後、さすがに「このままではまずい」と思い、小さな銅版画教室を開きました。そこにアーティストが集まるようになって、やがて「もっと教室を大きくしよう」と、1979年、福岡市内にIAF芸術研究室を設立。この研究室は、今年で30周年を迎え、IAFShopと名前を変えて若い人たちに引き継がれています。そこを拠点に仲間たちと、現代アートに関する勉強会をしたり、場所を借りて展覧会を開いたりしているうちに、「企画の仕事をやってみないか」という話が舞い込んできました。それをきっかけに、1990年から「ミュージアム・シティ・天神」のディレクションをすることに。これ以降、アートとの関わり方が大きく変わりました。

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プロフィール

山野真悟さん

1950年、福岡県生まれ。東京・神保町の美学校を卒業後、1970年代より福岡を拠点に美術作家として活動。同時に、IAF芸術研究室を主宰し、研究会や展覧会などを行う。1990年より「ミュージアム・シティ・天神」のディレクターを務め、「まちとアート」をテーマにイベントやワークショップを企画する「ミュージアム・シティ・プロジェクト」を設立。2004年より2007年までは、(財)福岡市文化芸術振興財団「ギャラリーアートリエ」の企画運営に従事。「横浜トリエンナーレ2005」のキュレーターも務める。黄金町バザールでは、ディレクターとして、おもにアーティストのディクションに携わっている。

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