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アサヒグループ 東北復興応援 ともに、未来へ 〜2020〜
アサヒグループでは、「東北復興応援 ともに、未来(あしたへ)〜2020〜」というテーマのもと、2020年まで継続して東日本大震災の被災地支援に取り組む方針を掲げています。そのキーワードは“人”であり、「人を育てる」「人の暮らしを応援する」「人が集う場をつくる」という3つに重点を置いて、震災発生直後からさまざまな支援活動を行っています。義援金や物資の提供だけでなく、社員みずから現地に入って活動し、地元の人たちと深く関わるからこそできる応援をしたいと考えています。
希望の大麦プロジェクトの軌跡
「希望の大麦プロジェクト」とは、
東日本大震災で被災した宮城県東松島市の復興を支援するアサヒグループの取り組みです。
被災した土地を活用して大麦の栽培や加工販売を行うことで、地元に「なりわい」と「にぎわい」を生み出したい。
そんな思いのもと、「産・官・学・民」で連携しながら、
地元の方たちと共に歩んできたプロジェクトの軌跡をご紹介します。
2011年 - 2012年
アサヒグループでの
東北復興応援の取り組み
アサヒグループでは、震災発生直後には義援金や物資の提供などの緊急支援を行っていましたが、2011年4月末にはそれに加えて社員ボランティアを派遣することとし、ボランティアセンターの運営サポートやがれき撤去の応援を行いました。2012年からは「復興を長期的に応援したい」という思いのもと、「本当に必要とされていることは何か」という現地のニーズを把握する作業に注力します。そのために社員たちが60回近く現地を訪れ、38の市町村やNPO団体と直接対話を行いました。
このヒアリングの結果を受けて、地元の団体や住民の方たちの協力のもと、課題に応えるための活動を開始。被災したいちご農家を支援したり、学校を森とともによみがえらせるプロジェクトに参画したりといった取り組みを行いました。いずれもアサヒグループの社員たちが現地を訪れ、いちごの苗の植え付けや刈り取りを手伝ったり、森の整備に参加したりと、地元の人たちと一緒に汗を流しています。
義援金や支援物資の提供などの緊急支援活動に続き、ボランティアの派遣を実施。約250人が参加。
中長期の復興支援活動に向けて現地のニーズ把握に取り組み、地域に応じた支援を実施。
グループ社員の参加が本格化し、いちご農家支援等の活動にこの年80人が参加。
東松島市への人材派遣開始。
2013年
人材派遣から
「希望の大麦プロジェクト」誕生へ
地域との関わりが深まる中、どこへ行っても聞かれたのが「人材が足りない」という声でした。そこでアサヒグループは2013年4月から、復興庁を通じて社員を現地へ派遣します。この時、社内公募で選ばれた伝田潤一の赴任先となったのが、宮城県東松島市で復興事業に関する中間支援組織として設立された「一般社団法人東松島みらいとし機構(HOPE)」です。この組織は市の外郭団体として、復興のためのプロジェクトを複数立ち上げていました。
HOPEの一員として活動しながら、伝田は地元に入り込み、被災地の人たちが抱える悩みや要望を本音で語り合える関係を築いていきました。そこで寄せられた課題の一つが、「被災した土地を有効活用できないか」というものです。
伝田は早速、アサヒの復興支援担当者やHOPEのメンバーとこの課題を議論しました。そこで浮かんだのが「遊休地で大麦を栽培する」というアイデアです。
これを機に立ち上がったのが、「希望の大麦プロジェクト」でした。現在は行政機関や大学、市民の方たちの協力を得て、「産・官・学・民」の連携のもとで取り組みを進めています。しかし始まった当初はまだ協力者も少なく、手探りでのスタートとなりました。
2014年
麦を栽培することで
「なりわい」と
「にぎわい」を生み出したい
大麦栽培を選んだのは、「アサヒグループだからこそできる取り組み」だと考えたからです。大麦はビールやウイスキー、麦茶などの原料として使われるため、アサヒグループが持つ知見や人脈を生かせます。また、大麦が「土地利用型作物」であることと「大麦β-グルカン」などの健康機能を備えていることも理由のひとつでした。
大麦を栽培することで、被災地に「なりわい」と「にぎわい」を生み出したい。それが希望の大麦プロジェクトの目的です。
まずは2014年4月から、ごく小規模な試験栽培を開始。生まれたアイデアを早く形にしたいという思いが行動を生み、それが形になることで、地元の土地所有者が協力を申し出てくれました。そのおかげで、同年10月から市内3カ所に栽培エリアを広げることができました。麦の穂が日に日に大きくなる翌年4月、伝田のあとを引き継いでアサヒグループからHOPEへ派遣されたのが宇野由希子です。
宇野の目の前には、やるべきことが山積していました。大麦の収穫に必要な機械や保管施設、人手など何もかもが足りない上、来季に備えてより広い土地を提供してくれる人も探す必要があります。
そこで宇野は、市の担当者や農業関係者を訪ねて回り、遊休地で大麦を栽培する意義をさまざまな人に発信し続けました。その熱意が実り、人と人がつながり、理解者が増えたことで、プロジェクトは本格的に回り始めました。
2014年秋、試験栽培を実施。土地を耕し、畝をつくり、一粒ずつ種をまくことから始め、翌年春には青々とした大麦が育ちました。
種類によって色の違う大麦が圃場を彩ります。鳥害対策としてネットを張るなど収穫に向けての準備をします(2015年5月)
佐藤栄宏氏
東松島市に根付いてほしい
希望の大麦プロジェクトが、地ビール『GRAND HOPE』や『クリアアサヒ 東北の恵み』等の商品として着実に実を結んでいることに、ささやかながらお手伝いさせて頂いている者として大変喜んでいます。同時にこれまでアサヒグループの皆さんが注いでくれた情熱、努力に大きな感動を感じております。本当にありがとうございます。 また今年はアサヒグループが原体を製造する「ビール酵母由来の農業資材」の試験的使用を予定しており、こちらもワクワクしているところです。必ずや成果を出して農家の仲間たちに拡げていけたらと思っています。
2015年
麦踏みに商品開発ワークショップ
アサヒグループ社員も積極的に参加
アサヒグループの社員たちも、このプロジェクトを後押ししました。2015年2月には、「麦踏みボランティア」を実施。社員34人が東松島市を訪れ、HOPEの職員や地域の人とともに麦踏みを行いました。こうして6月には、1.2トンの大麦の収穫に成功します。
しかし、まだ重要な課題が残されていました。それが大麦の商品化です。大麦はそのままでは食べられないため、ビールや麦茶、お菓子などの製品に加工することが不可欠です。商品化の可能性を探るため、宇野が現地で情報収集する一方、アサヒグループでは商品開発のアイデアを出し合うワークショップを開催。「知のボランティア」と名付けられたこの活動には40人の社員が参加し、普段の業務で培った知恵や経験をもとに活発な議論が交わされました。
こうして社員たちも参加し、グループが一丸となって「アサヒグループとして何ができるか」を考え続けたことで、プロジェクトは次のステージへと進むことになります。
アサヒグループ「麦踏みボランティア」。踏まれて強く育つ大麦。社員一人ひとりが、一歩ずつ心をこめて踏みしめました。
アサヒグループ「知のボランティア」。大麦の商品や販売についてアサヒグループ社員の「知恵」を出し合いました。
(前東松島市役所復興政策部長)
高橋宗也氏
被災地に笑顔が広がるアサヒグループの取り組み
津波被災地で青々と育つ麦畑が年々広がりつつあり、市民のみなさまからも「ありがとう」の声がたくさん届いています。
私たちにとっては、文字通り「希望の大麦」として、未来につながる新しい取り組みです。栽培に関するアドバイスから、農業法人との生産連携、クリアアサヒ・地ビールへの商品化など、実業としての復興に向けた「笑顔のプロジェクト」に心から感謝しています。
復興庁出向(2015-16年度当時)
宇野由希子
笑顔や勇気が生み出されることを目指します
これまで東北に縁もなく、農業とも無縁で生きてきた自分にとって、このプロジェクトを進めていくことは困難の連続でした。しかし、協力してくださる方を手さぐりで探すうちに理解がどんどん広がり、ついにここまでたどり着きました。これからは、このプロジェクトが東松島に浸透してビジネスとして成り立ち、笑顔や勇気が生み出されることを目指していきます。
2016年
収穫した大麦はお菓子や麦茶、
地ビールなどの商品に
試験栽培で一定の成果が出たことを受け、次に宇野が取り組んだのは被災した土地での栽培です。東松島市の担当者やHOPEの専務理事(当時・現在は代表理事)を務める東北大学大学院の大村道明助教など、官学との連携で土地の選定を進めた結果、津波で浸水した旧奥松島運動公園内の1.4haを東松島市から借り受けることができました。栽培は地元農家の協力を仰ぎ、アサヒグループは大麦の種子の選定や栽培技術の指導にあたって播種を行いました。その結果、2016年6月には、約4.4トンの収穫に成功しました。
一方で、大麦の商品化を実現するための奮闘も続きました。復興庁の紹介で、大麦のお菓子を専門に製造・販売する(株)大麦工房ロアと出会い、収穫した大麦の一部を洋菓子に加工してもらうことが決まりました。アサヒビールモルト(株)では、麦茶の加工が進められました。
さらに、「地ビールがあったら嬉しい」という周囲の声を聞いた宇野は、地元の宮城県がある東北で生産することが「なりわい」の創出になると考え、東北にある地ビール会社に片っ端から電話やメールで連絡をとり、協力を依頼しました。「なぜ復興応援のために地ビールを作るのか」を理解してもらうのに時間がかかりましたが、地道に説明を続けた末、宮城県の(株)加美町振興公社(旧・(株)薬莱振興公社)やくらい地ビール製造所が「やりましょう」と手を挙げてくれたのです。こうして誕生した地ビール『GRAND HOPE(グランドホープ)』は、2016年2月に東松島市で発売され、一ヶ月で3000本が完売しました。
(株)大麦工房ロア製造「大麦ダクワーズ」。「希望の大麦」を使った生地はサクっとした食感に仕上がりました。
1年目は手で一粒ずつ種まきをしましたが、今回は地元農家の協力のもと、トラクターで播種を行いました
(2015年10月)
間もなく収穫の時期を迎える圃場。
色彩を失っていた津波被災地域に、大麦の黄金色の絨毯が広がります
(2016年5月)
上武裕氏
がんばれ、東松島!
希望の大麦プロジェクトを陰ながら応援してきました。
宇野さん、そして三井さんのおかげで、農業法人のアグリードなるせの方々をはじめ多くの出会いがありました。仙台まで電車で行き、レンタカーを借りて東松島へ。そんな出張も私のライフワークになってきました。
がんばれ、東松島!すごいぞ、東松島!
加工しなければ世に出せない大麦だからこそ
人と人とのつながりが生まれる
地元で栽培した大麦が商品という目に見える形になったことで、プロジェクトへの理解者はさらに増えました。アサヒグループの復興支援担当者は、大麦工房ロアの代表者からかけられた言葉が今も強く心に残っています。
「大麦は加工して初めて世に出すことができる。人の手がかかるからこそ、人と人とのつながりを生むものなのです」
2016年3月には、アサヒグループの社員24名が東松島市を訪れ、地元のJA女性部メンバーが開発したメニューと『GRAND HOPE』を味わう交流会を実施。“食”に関する意見交換をしながら、 現地のまちづくりを応援するのが目的で、料理の感想を語り合いながら互いの親交を深め合いました。
人と人が出会い、ネットワークが築かれ、新たなビジネスが誕生する。まさにアサヒグループが目指す「にぎわい」と「なりわい」が東北に生まれつつありました。
地元の皆さんとアサヒグループ社員の交流会。「希望の大麦」から誕生した地ビール『GRAND HOPE』や「麦ごはん」、地元の食材を囲んで、大いに盛り上がりました。
2017年にも、地元JAの皆さんと地域食材を使ったメニューを通じた交流会を行いました。
やくらい地ビール製造所
畠山崇裕氏
被災地で収穫された大麦の可能性を
地ビールにてお伝えしたい!
被災にあった圃場を活用し、その圃場にて育て上げた大麦を東松島の皆さんに形にして想いとともに届けたい!というお気持ちに共感し、地ビール『GRAND HOPE』の醸造をお受けいたしました。このビールで東松島市の皆様が笑顔になれる環境作りになれば幸いであり、また『GRAND HOPE』を全国に波及することにより、東松島市が一層魅力溢れる町となる一助になることを祈り精魂込めて作らせて頂いてます。
ニュースリリース
2016年10月 仕込み式
「希望の大麦」を投入する阿部秀保 東松島市長(当時)
2016年11月 『希望の大麦エール』が誕生
2017年
アサヒグループが希望の大麦を商品化
売り上げの一部は東北に寄付する仕組みに
2016年後半からは、アサヒグループみずからによる大麦の商品化にも着手しました。
2016年10月には、アサヒグループのクラフトビール醸造所「隅田川ブルーイング」において、「希望の大麦プロジェクト」で収穫した大麦を使ってクラフトビールを醸造しました。このビールは『希望の大麦エール』と名付けられ、アサヒグループの外食部門で販売。その際、ビール一杯につき100円をHOPEに寄付し、東松島市の復興活動に役立ててもらうことにしました。
この『希望の大麦エール』は大好評となり、3763杯を売り上げ、寄付金額は37万6300円に達しました。これを受けて、翌2017年2月にも醸造し、3715杯を売り上げました。
なお、『希望の大麦エール』の醸造は2018年3月と2019年3月にも行われ、毎年継続中です。
2017年11月には、アサヒビールで初となる「希望の大麦」を一部使用したビール類缶商品『クリアアサヒ とれたての贅沢』を発売。東北エリアで限定販売し、売り上げ1本につき1円を東北の復興支援のために寄付する仕組みにしました。この商品は東北6県で合計4万5000箱を出荷し、「希望の大麦プロジェクト」の取り組みを広く知ってもらう大きな機会となりました。
また、翌2018年10月には同じく東北限定商品として、『クリアアサヒ 東北の恵み』を発売しました。こちらも「希望の大麦」の一部使用と山形県産ホップの使用により、福島工場で製造するという“東北産”の商品で、やはり売り上げ1本につき1円を東北の復興支援のために役立ててもらう仕組みです。
こうしてアサヒグループが商品を発売することで、東松島市以外の人たちにも「希望の大麦プロジェクト」の意義を継続的に発信し続けています。
2016年11月
『希望の大麦エール』 発売
2019年3月に第4弾を発売
2017年11月
『クリアアサヒ とれたての贅沢』 発売
2018年10月
『クリアアサヒ 東北の恵み』 発売
安部俊郎氏
つなぎ力で地域発展を目指して
大麦栽培を通じ被災地に勇気と希望を与えて下さった「希望の大麦プロジェクト」の皆さんはじめ、アサヒグループ関係者の方々に改めて感謝申し上げます。麦踏み等を通してまさに多くの方の思いが繋がり、ビジネスに発展し、実需の方との結びつきが実現しました。これからもお互いがWIN-WINの関係であり続ければと思います。
2018年
HOPEや企業との間で契約栽培を開始
「真の産業」の確立を目指す
このプロジェクトは大麦の商品化がゴールではありません。最終的に目指すのは、地元が主体となり、大麦の栽培や加工販売を自立した産業として確立することです。
アサヒグループが介在しなくても、大麦に関わる農家や企業がそれぞれ自立した活動を続け、地元だけで農業経営や加工販売のビジネスが成り立つようにする。それこそが「真の産業」であり、東松島市が本当の意味で復興を遂げた瞬間であると考えています。
その目標に向け、大麦を栽培する現地では、2017年10月から「真の産業」へ向けた新たな体制作りを始めました。
その一つが、東松島市の農業生産法人アグリードなるせとHOPEの間で大麦の契約栽培を開始したことです。これまでは試験栽培として大麦栽培を行っている段階だったため、この取り組みを主導するのはあくまでHOPEで、農業生産法人はHOPEから農作業を請け負うだけの役割に留まっていました。しかし、これから大麦栽培を産業として継続していくには、農作物を栽培する農業者が主体となり、お金を生むビジネスへと成長させていく必要があります。
そこで、2018年6月の収穫分からは、農業生産法人が栽培した大麦をHOPEが購入し、それを取引先に有償で販売することにしました。さらに、(株)大麦工房ロアも農業生産法人アグリードなるせと実質的な契約栽培を開始し、2018年度から両者の間でBtoBの取引が行われています。
こうした体制作りによって、地元に新たな「なりわい」が生み出されました。また、農業生産法人アグリードなるせが自社で加工販売している洋菓子「のびるバウム」を(株)大麦工房ロアの直売店で販売することになり、購入に訪れる人たちによって「にぎわい」も生まれています。
このプロジェクトが当初から目指してきた「なりわい」と「にぎわい」が、こうして今も着々と創出されているのです。
2017年4月からは、宇野の後を引き継いで、アサヒグループから三井茂史がHOPEに派遣されました。2018年には、三井が中心となり、東松島市の地ビール第2弾となる『GRAND HOPE IPA』を発売。地元の夏祭りでも販売し、多くの市民の方たちに飲んでもらうことができました。
津波に襲われた土地に、今では大麦がしっかりと実り、ビールやお菓子として商品化されています。『GRAND HOPE IPA』を販売した夏祭りの会場では、「プロジェクトを応援しているから買いに来たよ」「東松島の地ビールを作ってくれてありがとう」といった声を皆さんからかけて頂き、大きな励みになりました。希望の大麦プロジェクトから誕生した商品が人と人をつなぎ、多くの方たちを笑顔にできたら私も嬉しく思います」(三井)
こうして復興への歩みは着実に前へと進んでいます。
土井芳伸氏
地域に貢献し、皆様に喜んでもらえる商品に
私達の会社は東日本大震災後に国と地域の方々、行政のご支援を頂き発足した農業法人です。創立5周年を迎える年に本プロジェクトに参加させて頂きまして非常に光栄です。会社の進歩発展はもとより、地域に貢献出来る会社を目指しておりますので私共で作った大麦を原料に皆様に喜んでもらえる商品に成ります事、仕事の励みにもなっております。
東松島みらいとし機構(2017-18年度当時)
三井茂史
人と人とを繋ぐプロジェクトに
震災復興として始まった「希望の大麦プロジェクト」が、東松島のビジネスとして成り立つものになりつつあります。このプロジェクトから誕生した商品が、人と人とを繋ぐ役割となり、多くの方々を元気に、そして笑顔にしてもらえたら嬉しく思います。今後も希望の大麦プロジェクトがビジネスとして必要とされ、誕生した商品が地域の方々に愛され続けるものになることを願っています。
大村道明氏
未来のための地域ソリューションを
東日本大震災の被災地域には、日本の地方問題(過疎・高齢化)が他所より10年早く進行していると言われる場所もあります。被災地に「なりわい」「にぎわい」を取り戻すという本プロジェクトは、「もうすぐ震災から10年」を迎える東松島市で、その成果を問われる時期に入っています。アサヒグループの皆様のご支援のもと、10年先の日本の・世界の地方地域の「なりわい」「にぎわい」のためのソリューションを本プロジェクトで見つけ出したいと思います。
2019年
大麦の生産量と栽培面積が拡大
ビール用大麦は30トンを突破
大麦の栽培面積と生産量も、順調に拡大しています。2016年に4.4トンを収穫した旧奥松島運動公園内での大麦栽培は、2017年6月には5.7トンを収穫。翌年は農業生産法人アグリードなるせが保有する農地での栽培に移行し、2018年に12.4トンを収穫しました。現在はもう一つの農業生産法人めぐいーとを加えた2社の農地で大麦を栽培しており、2019年は54.5tトンを収穫。そのうちビール用大麦の生産量が30トンを占め、2018年の4.5トンからわずか1年で大きく生産量を伸ばしました。
旧奥松島運動公園跡地を利用していた頃はビール麦1.2ha、もち麦0.2haの計1.4haだった栽培面積も、農業生産法人アグリードなるせの農地に移った2018年にはビール麦1.1ha、もち麦6.7haの計7.8haに広がり、2019年にはビール麦10.4ha、もち麦5haの計15.4haまで拡大しています。
さらに、この年からアサヒビールモルト(株)が大麦の製麦を開始しました。製麦とは、大麦を加工する際に欠かせない工程です。これをアサヒグループが担うことで、品質とコストの安定化を実現できました。
2019年4月からは、アサヒグループからHOPEへ4人目の社員派遣となる大谷直也が復興支援に取り組んでいます。3代に渡り続いてきたこのプロジェクトを引き継ぎ、現在は「地元の消費を活性化させ、地域循環による自立化を目指す」というミッションを掲げています。
また、東松島市の渥美巖市長は、希望の大麦プロジェクトへの思いをこう語ります。
「このプロジェクトから『GRAND HOPE』を始めとする様々な商品が誕生し、多くの人の元に届いていることを嬉しく思います。また、売り上げの一部を寄付して頂く商品の発売は、復興を加速させる大きな力になるとともに、東日本大震災を伝承し、風化させない取り組みになっていることにも感謝いたします。東松島市としても、これまで同様にアサヒグループと協力して参りますので、さらなる“なりわい”と“にぎわい”の創出に期待しております」
このプロジェクトが目指してきた「真の産業」の確立が、いよいよ現実のものとなりつつあります。
復興庁出向(2019年度-)
大谷直也
地元の消費を活性化させ、地域循環による自立化を目指す
東松島には豊富な観光資源や農作物・海産物がありますが、オリジナルブランドは少なく、『東松島といえば○○』というイメージが希薄です。一方で、震災から力強く復興してきた農業や漁業などの多くの産業には、とても魅力的で多くの方にファンになってもらえるストーリーがあります。その強みを活かしながら、地元の事業者と連携して、多角的な産業マッチングの実現と東松島のブランディング強化を目指します。
2020年、そして次のステージへ
さらなる地域の発展を目指して
これからも希望の大麦プロジェクトは進化を続けます
2020年を迎え、希望の大麦プロジェクトはまた大きな一歩を踏み出します。東松島市で栽培された大麦が、4月からアサヒビール(株)の「スーパードライ」の原材料として初めて採用されることが決まったのです。アサヒグループを象徴する看板商品に使われることで、さらに大きな「なりわい」と「にぎわい」を地元にもたらすことが期待されます。
アサヒグループの東北復興応援「ともに、未来へ 〜2020〜」は、2020年いっぱい続きます。「復興五輪」と位置づけられる東京オリンピック・パラリンピック競技大会を迎えるころには東北が真の意味での復興を遂げ、多くの人々が希望の大麦を使ったビールで乾杯しながら競技を楽しんでくれることでしょう。
そして、希望の大麦プロジェクトは新たなステージを迎えようとしています。今後はHOPEの事業として東北に自立した「真の産業」となり、アサヒグループは事業を通じて新たな価値を創造し、持続可能な社会へ貢献することを目指しています。
現在、HOPE代表理事を務める渥美裕介氏は、これからも続くアサヒグループとの連携に期待を寄せます。
渥美裕介氏
これからも続くアサヒグループとの連携に期待
これまでの継続的なご支援に改めて感謝を申し上げます。地域産業の再生は、息の長い中長期的な取り組みです。東松島市における復興のフラッグシップモデルとして希望の大麦プロジェクトを持続可能な形にできるよう、関係者の皆様と対話を重ねながら、さらなる大麦事業の拡大に努めていきます。
大麦栽培から始まったこのプロジェクトは、やがて地元に「なりわい」と「にぎわい」を生み出し、いまや観光客誘致や雇用創出にも貢献できるコンテンツへと発展しました。さらなる地域の活性化を目指して、次のステージへ進む希望の大麦プロジェクト。その取り組みをアサヒグループはこれからも応援していきます。
希望の大麦プロジェクトが貢献する
SDGs目標
希望の大麦プロジェクトは、産官学民が連携し、被災地に「なりわい」(産業)と「にぎわい」(活性化)を生み出すことを最終ゴールとしています。
アサヒの持つ独自技術と、公的、官民、市民社会との強いパートナーシップにより、被災地の農業による再生と「アグリビジネス」への発展、特産品づくりによる活性化などを実現し、SDGsの目標達成に貢献していきます。
復興庁出向(2013-14年度当時)
伝田潤一
東松島市の新しい未来を創りたい
HOPEへの着任当時、被災沿岸一帯は全くの荒れ地で、これから先誰も住むことができないと聞いてショックを受けました。アサヒビール(株)の社員として以前に、一人の市民として東松島市の新しい未来を創りたいと思い、アサヒグループのリソースを結びつけたのが「大麦プロジェクト」の出発点です。これからも本プロジェクトが市民の皆さんに愛され続けることを祈っています。