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ヒト腸内細菌の1種が持久運動パフォーマンスの向上に貢献
〜腸内フローラと運動能力の関係が明らかに〜

2023年1月26日
アサヒグループホールディングス株式会社
慶応義塾大学先端生命科学研究所
青山学院大学

アサヒグループホールディングス株式会社(本社 東京、社長 勝木敦志)の独立研究子会社であるアサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社(社長 佐見学)の森田寛人研究員・狩野智恵研究員は、慶應義塾大学先端生命科学研究所(所長 冨田勝)の福田真嗣特任教授(順天堂大学大学院医学研究科細菌叢再生学講座特任教授・神奈川県立産業技術総合研究所腸内環境デザイングループグループリーダー・JST ERATO副研究総括を併任)、青山学院大学(学長 阪本浩)の内山義英教授・原晋教授らとの共同研究成果として、ヒトの腸内細菌の1種であるBacteroides uniformis(バクテロイデス ユニフォルミス、以下B. uniformis)が持久運動パフォーマンスを向上させることを明らかにしました。また、この腸内細菌が栄養源として利用しやすい環状オリゴ糖であるα-シクロデキストリンを摂取することで、ヒトの持久運動パフォーマンスも向上できることを明らかにしました。

腸内フローラ1)はヒトの健康に対して大きな影響を及ぼすことが知られていますが、運動能力との関連はほとんど明らかになっていませんでした。本研究では、青山学院大学陸上競技部(長距離ブロック)に所属する長距離ランナーの腸内フローラを調べることにより、彼らの腸内にはB. uniformisと呼ばれる腸内細菌が多く、その菌数は走行タイムと関連があることを見出しました。また、この腸内細菌を増やす効果があるα-シクロデキストリンを健康な成人男性が8週間摂取したところ、エクササイズバイクで10kmを漕ぐために必要なタイムが有意に短縮し、運動後の疲労感も軽減できることが明らかとなりました。さらに、B. uniformisは腸内での酢酸やプロピオン酸といった短鎖脂肪酸2)産生を介して肝臓での内因性グルコース産生を促進することにより持久運動パフォーマンスを向上させている可能性が示唆されました。

本成果は、米国科学振興協会が出版する自然科学分野のオンライン学術誌「Science Advances」に1月25日付(現地時間)で掲載されました。

【背景】

ヒトの腸内には多種多様な細菌が約40兆個も棲みついていると見積もられており、これらの細菌は腸内細菌と呼ばれます。腸内細菌で構成される微生物集団は腸内フローラと呼ばれ、そのバランスがヒトの健康や疾患に大きな影響を与えていることが報告されています。トップアスリートの腸内フローラは、そうでない人々よりも多様性に富んだ腸内細菌で構成されていることが報告されていましたが、個々の腸内細菌が運動パフォーマンスに関与するのか、また関与するのであればそのメカニズムなどについては、ほとんど明らかになっていませんでした。

【研究成果の概要】

本研究では最初に、この研究の趣旨を理解し協力の承諾を得た青山学院大学 陸上競技部 (長距離ブロック)に所属する48人の男性学生(以下、アスリート群)と、同年代の一般男性10人の腸内フローラの比較調査を行いました。調査の結果、アスリート群の腸内にはヒト腸内フローラの主要な構成菌の1種であるB. uniformis 3)が多く棲息することが明らかとなりました(図1)。さらに、アスリート群のうち3,000mの走行タイムを提供した25人について、腸内フローラにおけるB. uniformisの菌数(本研究では16S rRNA遺伝子1コピーを1菌数と定義)と3,000m走行タイムの関連を調べたところ、B. uniformisの菌数が多いヒトほど3,000mの走行タイムが早いという相関関係を見出しました(図2)。

B. uniformisは一般的にヒトの腸内に棲息する腸内細菌であることから、この腸内細菌が利用可能な環状オリゴ糖であるα-シクロデキストリンの摂取が運動へ与える影響を調べるため、次に、運動習慣がある20〜40歳代の日本人一般男性10人にα-シクロデキストリンを含んだサプリメントを摂取してもらいました(α-シクロデキストリン摂取群)。その結果、この群では摂取8週間後においてB. uniformisの菌数が摂取前と比較して増加していることが明らかとなりました(図3)。さらに、α-シクロデキストリン摂取群ではエクササイズバイクで10kmを漕ぐために必要なタイムが摂取前と比較して約10%短縮し、このタイムはプラセボサプリメント4)を摂取した群(11人)のタイムと比較しても有意に早いタイムでした(図4)。また、α-シクロデキストリン摂取群ではエクササイズバイクを50分間漕いだ直後の疲労感が摂取前と比較して有意に低下していました(図5)。これらの結果から、B. uniformisが好むα-シクロデキストリンの摂取は、ヒトの持久運動パフォーマンスや運動後の疲労感を改善させることが明らかになりました。

また、B. uniformisによる持久運動パフォーマンス向上のメカニズムとして、この腸内細菌によって腸内で産生される酢酸とプロピオン酸が運動中の肝臓におけるグリコーゲン分解と糖新生5)を促進し、運動に必要なグルコースを全身に供給していると推測されました(図6)。

【今後の展望】

本研究は、ヒト腸内フローラを構成する主要な腸内細菌の1種であるB. uniformisが持久運動パフォーマンスに関与していることを世界で初めて明らかにしました。また、この腸内細菌が好む環状オリゴ糖を摂取することで、ヒトの持久運動パフォーマンスが向上することも示しました。これらは、B. uniformisをターゲットとしたプレバイオティクス6)やプロバイオティクス7)を用いることによってヒトの運動パフォーマンスを引き上げることができる可能性を示唆するもので、将来的にはスポーツ分野や飲食料品分野への応用が期待されます。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:22H03541)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(JST ERATO)深津共生進化機構プロジェクト(課題番号:JPMJER1902)、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(課題番号:JP22gm1010009)、糧食研究会の支援により実施されました。

【用語解説】

1) 腸内フローラ:ヒトや動物の腸管内に棲息する主として細菌によって構成される微生物集団。
2) 短鎖脂肪酸:短い脂肪酸の総称で、腸内細菌は酢酸やプロピオン酸、酪酸などを産生する。
3) Bacteroides uniformis:ヒトの腸内に一般的に棲息する嫌気性菌の1種。
4) プラセボ:被験物質以外の組成を同一としたもの。
5) 糖新生:主に肝臓で行なわれる、糖以外の物質からグルコースを産生する経路。
6) プレバイオティクス:ヒトの健康に良い影響を与える生きた微生物の餌となる成分。
7) プロバイオティクス:ヒトの健康に良い影響を与える生きた微生物。

【掲載論文】

<タイトル>Bacteroides uniformis and its preferred substrate, α-cyclodextrin, enhance endurance exercise performance in mice and human males
<著者> Hiroto Morita, Chie Kano, Chiharu Ishii, Noriko Kagata, Takamasa Ishikawa, Akiyoshi Hirayama, Yoshihide Uchiyama, Susumu Hara, Teppei Nakamura, Shinji Fukuda
<掲載誌> Science Advances
<掲載日> 2023年1月25日(米国現地時間)
<DOI> 10.1126/sciadv.add2120

【問い合わせ先】

アサヒグループホールディングス株式会社 広報部門
  Tel:03-5608-5126

慶應義塾大学先端生命科学研究所 渉外担当 五十嵐、塩澤
  Tel: 0235-29-0802 Fax: 0235-29-0809
E-mail:office[at]ttck.keio.ac.jp

青山学院大学 政策・企画部 大学広報課
Tel:03-3409-8159
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