皆さんは普段どのようなお酒を飲んでいますか?いろいろな種類がある中でも、ビールは世界中の多くの人に飲まれている飲み物ではないでしょうか。くつろぎの時間の一杯となったり、宴会で乾杯する時の定番になっているビール。実は大昔からある飲み物なのです。そしておいしいビールづくりには微生物の一種、「ビール酵母」が大切な働きをしています。今回はビールの歴史と※1、現在日本で主流になっているビールのつくり方をご紹介します。
ビールの歴史
ビールの起源については諸説ありますが、一説には紀元前8000~4000年の古代メソポタミアの時代までさかのぼるといわれています。その当時のつくり方は、麦を粉にして作ったパンのようなものを砕いて水に浸し、自然に発酵させるといった方法でした。その頃から私たちの祖先は、肉眼では見えない小さな生き物「ビール酵母」のチカラを借りてビールづくりを行っていたのです。紀元前3000年前にはエジプトの人々もビールづくりを行い、広く飲用していたとか。そして紀元前1800年頃には、北ヨーロッパでも古代ゲルマン人によりビールづくりは行われていました。
中世になると、ヨーロッパでは修道士が集う修道院で盛んにつくられるようになりました。修道士といえば、当時の知識人。醸造技術に長けた修道士たちによって、ビールは香味剤である「グル―ト」を使ってつくられていました。このグルートは、ハーブ類を混ぜたものですが、まだ現代のように「ホップ」は使われていませんでした。ところが11世紀ごろ、グルートの中でもホップを使用した場合にビールの品質が向上することが分かり、ホップを加えたビールが広まっていったのです。ホップはさわやかな苦みをもたらすなどの風味の面を良くするだけではなく、抗菌効果があり、複雑な調合が不要など様々な特長があることが分かりました。
ビールづくりはやがて都市の大きな醸造所でも行われるようになり、15世紀以降には、ビールの醸造の担い手は都市醸造所が中心となります。そしてドイツでは1516年にビールの品質に関する法令「ビール純粋令」が公布されました。これは「ビールに大麦、ホップ、水の3つの原料以外を使用してはならない」と定めたものでビールそのものの定義を決定するとともに、品質維持向上に貢献しました。
近代以降、ビールづくりはさらに発展します。約150年前、細菌学者のパスツールが、ぶどう酒の再発酵を防止するための低温殺菌法「パストリゼーション」を発明しました。この殺菌の方法をビール醸造にも取り入れることにより、長期間ビールが変質しないようになり、より安定してビール醸造を行うことが可能になりました。
このように、おいしいビールをつくるため人類は数千年の間努力を重ね、今日の醸造技術の基礎を作り上げてきたことがわかります。現在においても、ビールをおいしく、安定してつくるための研究開発が多くなされており、ビールは時代とともに日々進歩しています。そして、ビールづくりにおいてビール酵母は重要な働きをしています。おいしいビールの開発は、まさに人とビール酵母の二人三脚で行われているのです。
ビールのつくり方
そんなビールづくりの主役ともいえるビール酵母は、製造工程においてどんな働きをしているのでしょうか。ここでは、ビールのつくり方をご紹介します。なお、ビール酵母は大きく2種類(上面発酵酵母、下面発酵酵母)にわけられます。現在日本のビールの殆どは下面発酵酵母を用いてつくられており、本記事では下面発酵酵母を用いた製造工程を取り上げます。
ビールの原料は国によって少し違いはあるものの、基本となるのは「麦芽・ホップ・水」の3つ。日本では酒税法によりビールの原料が決められており、麦芽・ホップ・水のほかに副原料として、米・とうもろこし(コーン)・デンプン(スターチ)・糖類等を使用することができます。
また、2018年4月の酒税法改正により、麦芽比率が50%以上かつ、麦芽重量の5%以内であれば果実や香辛料、ハーブ、野菜、茶、かつお節なども原料として認められることになりました。これにより、今までにない多彩なビールの開発が可能になりました。
麦芽
麦芽とは、麦に水を加えて発芽させて乾燥させたもので多くは二条大麦(ビール大麦)が使われています。複数の種類の麦芽をブレンドして使用することもあります。ビールの香りや味の元はおもに麦芽から生まれ、麦芽を乾燥させる方法により、ビールの色や香りの特徴が変わります。
ホップ
ホップはアサ(麻)科のつる性の植物。ホップはビールに独特な芳香とほどよい苦味を与えています。また、菌の繁殖を抑えたり、ビールの泡もちをよくしたりといった重要な役割を担っているのもホップです。ビールづくりには受精していない雌花だけが用いられます。
水
ほとんどのビールの90%以上は水。水の品質はそのままビールの品質といっても過言ではありません。ビールに使われる水質条件はとても厳しく、磨きぬかれた良質の水のみが使われます。日本で主流の淡色ビールにはカルシウム、マグネシウムや炭酸塩の含有量の比較的少ない軟水が適しているといわれています。
ビール酵母
原料としてラベルには表示されることはありませんが、上記の原料からアルコールと炭酸ガス、ビールらしい味や香り成分を生み出しているのが「ビール酵母」です。一口にビール酵母といっても多くの種類があり、それぞれの酵母がつくりだすビールの味わいは異なります。麦汁をつくるのは人ですが、ビールをつくるのはビール酵母と言っても過言でないかもしれません。ビール酵母の大きさはわずか100分の1ミリメートル程度。このような小さな生き物ですが、ビールづくりに欠かせない大事なパートナーなのです。
ビールの製造工程
ビールの製造工程は大まかに、①製麦→②仕込み→③発酵→④熟成→⑤ろ過 に分けることができます。
①製麦
麦を発芽させ麦芽をつくる工程。麦のままでは酵母は働けず、発芽させ麦芽にする必要があります。まず、麦を水に浸し発芽させた後、乾燥させて麦の成長を止めます。最後に根を取り除き麦芽の完成です。
発芽するときに、麦芽の中ではでんぷんやタンパク質を分解する「酵素」がたくさん作られており、この酵素が次の工程で活躍します。
②仕込み
麦芽を糖化させ、ビールづくりに必要な麦汁をつくり、ホップを加える工程。
麦芽にお湯を加えると、麦芽の酵素が麦芽中のでんぷんを分解し、でんぷんを酵母が大好きな「糖」に変えてくれるのです。これを「糖化」といい、できた麦の甘い汁を「麦汁」といいます。同時にタンパク質も、酵素によってアミノ酸へと変化します。アミノ酸はビールの味にコクを与えるとともに、酵母が増殖する際の栄養になります。糖化が終わればホップが加えられ、煮沸されます。ホップによりビール特有の芳香と苦みが生まれます。そして麦汁の煮沸で生じた濁りの成分やホップのかすなどを取り除き、麦汁を冷やします。
③発酵
ここからがいよいよビール酵母の活躍です。麦汁にビール酵母を加え発酵タンクに送られたあと、酵母が糖やアミノ酸を栄養にして発酵。麦汁の中の糖分は、アルコールと炭酸に分解されます。さらにビール酵母はビールの味わいになる香味成分をたくさん生み出します。
その間、ビール酵母がしっかり働くように、発酵温度や時間を細かく調整しながら発酵を進めていきます。約1週間経つと、味が粗くて香りも未熟な「若ビール」が出来上がります。
発酵が進むと、働き終えた酵母はタンクの底に沈むため、酵母をタンクの下部から取り出します。取り出された酵母はまた次のビールの発酵に使われます。
④熟成(貯酒)
若ビールは熟成タンク(貯酒タンク)へと移され、0度に近い低温で酸素が無い環境下で数十日間熟成されます。
この工程によりビールはゆっくりと熟成され、調和のとれたビールの味と香りが生まれます。
⑤ろ過
熟成を終えた後でろ過することで、透明で黄金色のビールとなります。以前はろ過をしても酵母が残ることがあったため、それ以上発酵しないように加熱殺菌する方法でつくられていました。現在ではろ過技術が発達しているため、加熱殺菌をしない「生ビール」が主流です。
まとめ
現在のおいしいビールができるまでには、醸造技術を向上させた数千年にもわたる人類の努力がありました。また、ビールの製造工程で大きな役割を果たすのが「ビール酵母」。醸造技術の研究開発は、人とビール酵母の二人三脚で行われてきました。ビール酵母の生態や働きは、まだまだ謎がいっぱい。ビール酵母の特性を科学的に解明することで、ビールづくりに応用してさらにおいしいビールをつくりお届けしていきます。
※1 ビール酒造組合ホームページ
http://www.brewers.or.jp/