乳酸菌CP3365株が歯周パラメータの悪化を抑制することを発見
歯周病(※1)は細菌の感染により歯肉の炎症(歯肉炎)や歯を支える骨を溶かして歯をぐらぐらにさせてしまう状態(歯周炎)を起こす病気で、歯を失う大きな原因とされています。年齢によりその罹患率は高くなり40~50代では約50%が歯周病であるとされています。近年、口腔の健康と全身の健康の関連が明らかになり、特に歯周病については糖尿病との関連性が示されてきましたが、日本国民の歯周病への理解や対策は十分とはいえませんでした。日本政府による「骨太の方針2022」に盛り込まれた「生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の具体的な検討」が報じられて以来、口腔ケアへの日本国民の関心は高まってきています。このような潮流に先駆けて私たちは歯周パラメータ(※2)の改善に役立つ乳酸菌素材を開発しました。また、この研究を通じて、乳酸菌による歯周病の抑制作用として当初考えていた機構とは異なる知見が得られたので、紹介します。
●乳酸菌CP3365株の歯周状態への影響を、「二重盲検無作為化プラセボ対照試験(※3)」にて検証
●乳酸菌 CP3365株を健康な口腔状態の人が摂取することで歯周パラメータの値の悪化を抑制
●口腔内細菌の挙動を調べたところP. gingivalisを保有していない被験者に対しても、乳酸菌CP3365株は歯周パラメータの悪化を抑制することが明らかとなった。口腔内細菌を詳細に調べたところ、乳酸菌CP3365株はP. gingivalis以外の歯周病関連菌を抑制することで歯周パラメータを維持することが明らかとなった。
私は大学時代からポスドクまで、腸内細菌の研究をしていました。当時所属していた研究室には、大手乳業メーカーの研究員が多く在室しており、なかには自分の研究した乳酸菌を商品化させた研究員もいました。そのような研究者の情熱や商品に対する思いの強さを肌で感じ、「自分も商品を通じて自分の研究を世の中の人に届ける仕事がしたい」と思ったのがアサヒグループに入社したきっかけです。乳酸菌研究の主流は生きた菌を用いたものですが、これに対しアサヒグループでは加熱殺菌した乳酸菌の機能性研究を推進しています。生菌とは異なり加熱殺菌乳酸菌は流通・加工の制限が少なく、素材の活用の幅を広げることができます。またこの特性は素材自身を世界中に届けることも可能にすると考えています。生きた乳酸菌に歯周病予防効果があることが知られていましたが、この分野でも加熱殺菌乳酸菌の検討はほとんどありませんでした。それは、生きた乳酸菌によって産生される抗菌物質や口腔内にとどまって 発揮する抗菌活性が加熱殺菌乳酸菌には期待できない、と考えられていたためです。私は加熱殺菌乳酸菌に無限の可能性を感じていたので、きっと効果はあるだろうという信念のもと乳酸菌株のスクリーニングを開始しました。そしてその信念は乳酸菌CP3365株の臨床試験成功という成果に結び付きました。これからの乳酸菌の無限の可能性を追求しながら世界中の人々の健康増進に貢献していきたいと考えています。
私は歯周病を専門としており、そのなかでも歯周病で失われた骨などを再生すること、歯周病の進行を止めることの2つを主な目標としています。歯周病は歯を失うだけでなく、糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞、認知症などにも大きく影響するといわれており、健康寿命を延ばすために歯周病の予防や治療が重視されるようになりました。今回の研究結果は乳酸菌の死菌を用いて歯周病抑制効果を認めたもので、その機構はP.gingivalis以外の菌の生育を抑制することによると考えられました。歯周病はP.gingivalisによって進行することが知られていますが、近年は共存する他の細菌がP.gingivalisの働きを増強することも知られるようになり、それぞれの役割が注目されつつあります。今回得られた結果は脇役であった他の菌の生育抑制による歯周病抑制であり、理にかなった結果と考えられます。これら口腔細菌の生育を抑えるために洗口液が用いられることがありますが、洗口液は嚥下の困難な方など使用に注意が必要なケースもあります。このため、安全な飲食品による歯周病予防効果には大いに期待しています。口腔細菌や腸内細菌は多くの病気との関連が知られており、食を介してこれら細菌叢を改善するような取り組みを、今後も食品企業には期待しています。
※1 歯周病
歯を支える歯ぐき(歯肉)や骨(歯槽骨)が壊されていく病気。P. gingivalisにより重症化が進行することが知られている。歯周病の進行は、まずプラーク(歯垢)が歯や歯茎に蓄積すると、プラークに含まれる細菌の産生する毒素により歯肉が腫れたり出血しやすくなったりする。さらに症状が進行すると歯肉が炎症によりさらに腫れ、歯周ポケットが深くなる。こうしてプラーク中の細菌はさらにポケットの奥深くまで侵入していく。歯周病原菌の毒素は歯を支える骨や組織を溶かしていき、歯をぐらつかせたり、歯肉が下がる、歯が抜けるなどの症状を引き起こす。さらに歯周病菌が血管の中に入り込み、各種臓器にとりつくことで、心臓病、脳卒中、糖尿病、肺炎など様々な全身疾患の原因となることも知られている。
※2 歯周パラメータ
歯周病の診断や治療計画を決定するために使用される指標のことを指す。具体的にはPCR・BOP・PPDがパラメータとして使用される。
※3 二重盲検無作為化プラセボ対照試験
被験者がどの治療群に割りつけられたかを被験者も医師も知らない状態で、被験者を無作為に治療群と対照群に分け、治療群には新薬を、対照群にはプラセボ(偽薬)を投与し、結果を比較し新薬の効果を評価する試験。新薬や治療法の効果を正確に評価することが可能となる。
※4 インビトロ試験
「試験管内で」という意味。試験管や培養器等人工的に構成された条件のもと で行う評価。
※5 PCR(Plaque Control Record)
口の中の清掃状態を表す指標。専用の染め出し液を使って磨き残したプラークの割合を数値で表示すること。
※6 BOP(Breeding on Probing)
歯周病の検査でポケットを計測するときに出血すること。
※7 PPD(Probing Pocket Depth)
歯周ポケットの深さを測定すること。
※8 口腔バイオフィルム形成
口の中に存在する微生物の集合体を指す。歯や口腔内に形成され、時間とともに成長し、成熟すると厚みを増して、プラークになる。