挑戦する研究者たち挑戦する研究者たち

開発に「大きい」も「小さい」もない。
事業貢献できる開発こそがイノベーションだ!

image開発

アサヒビール株式会社
容器包装研究所 機器開発部
倉部 泰宏

学生時代、工学部化学システム工学科を専攻していた倉部は、大学卒業後、魔法瓶メーカーで魔法瓶の設計・開発に携わってきた。しかし、「新たなステージで、自分の研究の可能性を広げたい」との想いからアサヒビール株式会社へキャリア入社する。現在所属している容器包装研究所・機器開発部では、前職での温度管理に関する研究・開発経験を活かし、ビールサーバーと呼ばれる、飲食店などでビールをグラスやジョッキに注ぐための機器を開発する仕事に携わっている。

常識に捉われない考えが開発の一歩に

2014年にアサヒビール株式会社に入社してから今年で4年目。ビールサーバーの機器開発に携わっている倉部が、これまで担当してきた中で最も印象に残っているアイテムは「楽しょうサーバー」だという。
「楽しょうサーバー」とは、野球場のスタンドでアサヒの樽生ビールを販売する“売り子さん”が背負っている背負い式樽生サーバーのこと。一般的な背負い式樽生サーバーで使用される樽生ビールは10L入りが中心で、背負う重量は最大で18㎏を超える。野球場の売り子さんは女性が多いため、急勾配の階段や広範囲を移動しながら生ビールを提供することは、彼女たちの大きな負担になっていた。
「開発のはじまりは先輩社員のある発見でした。東北地方の球場で、プロ野球の開幕間もない4月。まだ肌寒い季節にもかかわらず、売り子の女性たちが額の汗をぬぐいながら仕事をしていました。その姿を見て、“背負い式樽生サーバーは重いもの”という常識に疑問を持ったそうです。」
売り子さんたちの負担を軽減する背負い式樽生サーバーを開発せよ……新戦力として期待されていた倉部に、刺激的なミッションが託された。

「軽くする」のではなく「軽く感じさせる」

新サーバーの担当となった倉部は、ある日、開発のヒントを見つけようと健康産業の見本市に足を運ぶ。そこで目を留めたのが、スポーツ用品メーカー「デサント」のブースだった。
「機器開発部のメンバーとミーティングを重ねる中で、サーバーそのものを軽くするのには限界があるが、『軽く感じる』ための工夫はできないか、というアイデアが出ていたことを思い出しました。デサントさんは登山用ザックなども開発されているということで、もしかしたらと思い、お声掛けさせていただきました。」
交渉の結果、デサントが共同開発のパートナーに加わることになった。さっそく倉部はデサントの開発担当者とともに球場を訪れ、売り子の女性たちの“悩み”を聞いて回った。そして、丹念に調査を重ねるうち、ある問題点が浮かび上がってきた。従来のサーバーは「肩や腰への負担が大きい」のだ。倉部は言う。
「従来のサーバーを分析したところ、重心が腰より低い位置にあることが分かりました。重心が腰より下にあると、肩ベルトによって上体が後方に引っ張られてしまう。その力に抵抗するとなると、過度な前傾姿勢をとらざるを得ません。この前傾姿勢こそが、肩や腰に大きな負担を掛けていた原因でした。」
そこで、倉部たち開発チームは「重心を高い位置に引き上げ、サーバーをカラダに密着させれば“軽く感じる”のではないか」という仮説を立てた。
何度も試作品をつくり、データを測定する……試行錯誤は3か月に及んだ。

まず、重心を高い位置に保つことができるよう、腰骨の部分にベルトを装着。サーバーの加重を肩だけでなく骨盤で受け止めるようにすることで、肩への負担を軽減した。
次に、ビール樽をしっかり固定できるアルミフレームを搭載し、同時に重心を高い位置に保持。売り子さんの身長や体型に合わせてビール樽の重心位置を調整できるような機構も取り入れることで、サーバーと背中の密着度が高まり、過度な前傾姿勢を抑制した。
こうした試行錯誤の末、従来のサーバーに比べ、肩にかかる圧力を約20%軽減させることに成功したのである。倉部はさっそく球場へ赴き、売り子の女性たちに新サーバーを試してもらった。
「重量が軽くなった訳ではありません。むしろ重くなりましたが、ほとんどの方から、以前より軽く感じる、肩が痛くなくなった……という感想をいただきました。何より嬉しかったのは、その場で皆さんの笑顔が見られたことです。自分の仕事に対してダイレクトに反応が返ってくるところにやりがいを感じますね。」
この「楽しょうサーバー」は2016年のプロ野球開幕と同時に球場デビューを果たし、後に日本人間工学会が主催する「人間工学グッドプラクティス賞」で優秀賞を受賞した。
 

多様な知見や技術が集まる『異能集団』が「誰も見たことのないもの」を創出する!

倉部が所属する機器開発部のメンバーは8名。うち5人はキャリア入社で、前職は製薬メーカー、光学機器メーカー、自動車メーカーなど。多様な知見や技術を持つ人材が集まる“異能集団”だ。
「開発のパートナーは国内外あわせて数十社に及び、一人ひとりが外部のパートナーとチームを組んで仕事をしていますが、開発課題については全員で議論し、知恵を出し合います。それぞれが自分の専門分野を持っているので、メンバー各人の“気づきのポイント”が異なる点がおもしろいですね。毎日、新しい刺激がもらえる職場です。」
そんな異能集団の中で、新たなビールサーバーの開発に励む倉部に、今後のチャレンジは?と問いたところ、「AIやIT、ロボット技術などを活用した近未来型の樽生機器ネットワークの構築」という答えが返ってきた。
「私の考えるイノベーションとは、ビールを提供する現場を中心とした“ニーズ”を発見し、社内外に存在する“シーズ”と組み合わせて、これまで存在しなかった新たな機材をつくることです。今後は、未だ誰も成し得たことのない最新ネットワーク技術を取り入れた樽生機器を開発し、アサヒビールの国内外の事業に貢献していきたいです。」
倉部の頭では、すでに最先端の技術を駆使した新たな樽生機器が生み出されているようだ。倉部のチャレンジが実現した暁には、いつ・誰が注いでも最高に“うまい”ビールが味わえるようになり、ビール業界に大きな革命をもたらしていくことだろう。
(2017年10月12日取材)