挑戦する研究者たち挑戦する研究者たち

三ツ矢の歴史に新たな1ページを。
奥深き炭酸飲料の世界に夢中です!

image開発

アサヒ飲料株式会社
商品開発研究所 商品開発第一グループ
土井香澄

1年間に約1000種類の新商品が投入されると言われる日本の飲料市場。そんな激しい競争の中で、商品開発担当者たちは、50年、100年にわたって愛されるようなロングセラー商品を生み出すために、日々開発を続けている。アサヒ飲料(株)で炭酸飲料の開発に携った土井に、仕事の苦労や醍醐味について聞いた。

学生時代は、どんな研究に取り組んでいたのですか。
大学院では、飼料や医薬品の開発にもつながる研究として注目されてきた、鳥類の卵胞膜に存在する「鶏卵抗体(IgY抗体)」に関する研究をしていました。鶏をはじめとする鳥類は子孫を守るために、鶏卵中の特に卵黄の中に、体内でつくられた抗体を移行し蓄積させることが知られています。この鶏卵中の抗体こそが鶏卵抗体です。
 
―学生時代の研究を活かせる企業で働きたいとは考えなかったのですか。
就職活動に臨むにあたっては、身近な“食”を通じて人々の健康を支える仕事がしたいと思いました。その背景には、幼い頃の記憶があります。
子どもの頃、私が体調を崩したときには、いつも母が野菜たっぷりのスープを作ってくれました。それを食べてぐっすり眠れば、翌朝には元気になったんです。そんなふうに、みんなを元気にする食品をつくる仕事がしたいと思い、当時のカルピス株式会社(現アサヒ飲料株式会社)*に入社しました。その時の思いが、今もなお商品開発における仕事のモチベーションになっています。

大学での研究は、現在の仕事に、どう役立っていますか。
 カルピス社に研究職で入社する学生は、“発酵”や“菌”に関する研究に携わっていた人がほとんどで、私のように免疫に関する研究をしていた人は珍しく最初は不安でした。しかし、実際に入社して感じたのは、大学の研究室での専門性を活かして仕事をしている人はそれほど多くないということです。もちろん、商品開発業務において学生時代の専門性が活きる場面もあります。しかし、仕事をするうえで特に役立っているのは、「何を研究してきたか」よりも「研究で行き詰まったとき、いかにして乗り越えてきたか」という経験です。

入社後に携わった仕事で、印象に残っているものはありますか。
入社3年目、ペットボトルの「濃いめの『カルピス』を開発したことが印象に残っています。この商品は、濃いめに仕立てた「カルピス」を、すっきりとした後味で楽しめる乳性飲料として、2016年に期間限定で発売しました。
濃厚さを生み出すために乳成分を多く配合しているため、工場で殺菌した際に熱で乳成分が凝集しパイプ内で焦げて固まってしまうという問題が発生しました。その解決策を検討するために、まず、工場で起こっていることを研究所内で再現できるような試験システムを構築しました。そして、加熱時間や各成分の濃度などを検討しながら、何度も微調整していくことで、パイプ内で焦げて固まることのないギリギリ濃いめの設計にたどり着くことができたんです。おかげさまで多くのお客様に支持していただき、2017年には通年商品として発売することができました。


―商品開発をするうえで大切にしていることはございますか。
大切にしているのは、コミュニケーションです。私たち商品開発の仕事は、「マーケティング部と知恵を出し合い、お客様が求める味を商品として実現するために、工場で生産できるレシピ設計をする」ことです。そのためには、マーケティング部の社員、原料サプライヤーの方々、工場で働くスタッフとの円滑なコミュニケーションが欠かせません。
 
具体的にどのようなコミュニケーションが行われるのですか
マーケティング部からの要望は、例えば、「子どもの頃、お母さんに隠れてこっそり自分でつくった濃いめの『カルピス』」とか、「20代の男女が、休日の街中を歩きながら飲みたくなる飲料」というような“イメージ”で伝えられます。私たちは、そのイメージを“商品開発の言葉”で解釈して、どんな原料をどんな比率で配合すれば、求める味が実現できるかを検討します。
味づくりには、香りも重要です。「求める味を表現するためには、どんな香りがふさわしいのか」を検討し、“イメージとしての香り”を“物質としての香り”に翻訳するのです。そのためには、香気成分についての知識も欠かせません。商品開発の担当者が香料についての専門知識を蓄えることによって、香料メーカーとスムーズなコミュニケーションがとれるようになります。例えば「レモンの皮のようなビターな香りを加えたいんですけど、こんな成分はどうでしょうか?」と、具体的な成分を軸に対話ができ、互いに香りのイメージがしやすくなります。 
このように、マーケティング部、原料サプライヤー、工場スタッフ、それぞれの“共通言語”をできるだけ多く持つことが、仕事を円滑に進めるポイントだと思います。

―共通言語を理解したとしても、最終的にコンセプトに合致した商品をつくるのは至難の業ではないでしょうか。
実際には自分の思い通りに開発が進まないことも多々あります。そんな時は、とにかくそれぞれの担当者と直接会って、何度も擦り合わせをするようにしています。
私は現在、三ツ矢ブランドの開発に携わっています。その中で担当した、桃味の「三ツ矢サイダー」では、マーケティング部の担当者から「もっと桃の“皮”の香りが欲しい」という要望がありました。彼女の狙いは、既存の桃味の炭酸飲料にはない、“搾りたての桃のような果実感”。
私が「皮の香りってどんな香りだろう?」と悩んでいると、数日後、その担当者が「二人でかぶりつきましょう!」と桃を持って来ました。口の周りを果汁だらけにしながら桃を食べているうちに、彼女の言う「皮の香り」が感じられるようになったんです。こんなふうに味のすり合わせを繰り返しながら、意思疎通を図っています。  
実際に、マーケティング部のイメージを再現した試作品がつくれたときには、大きな達成感がありますね。


炭酸飲料ならではの開発の難しさはどんなところですか。
炭酸飲料では「充填時、開栓時に中味が噴きこぼれないこと」が他の飲料とは異なり、大きな課題となります。どんなにおいしい味の飲料をつくっても、ボトル詰めできなければ商品にはならないのです。
一般に、充填時の噴きこぼれ防止の対応を過度におこなうと炭酸飲料本来の爽快な刺激感や香味を損なってしまうなどのデメリットが生じます。さらに、処方上で各成分の長所を最大限に引き出しながら、開栓時の噴きをいかに抑えるのか……。その最適なバランスを探っていく作業は、まさに針の穴を通すような精密な作業になります。
異動してきた当初は、炭酸飲料がこんなに奥深いものだとは想像もしておらず、経験を積めば積むほど、新たな発見があり、やりがいのある仕事だと感じています。

―現在担当しているのはどんな商品ですか。
2018年4月に発売した「三ツ矢 グリーン スパークリングウォーター」の後継商品の開発を担当しています。
「三ツ矢 グリーン スパークリングウォーター」は、2017年夏の段階で、マーケティング部の担当者と「来年は、今までになかった炭酸飲料をつくりたいね」と話をしていました。
コンセプトは「軽い・微糖・すがすがしい」。味のイメージも既存の柑橘系飲料とは違う「飲んだことのない、クセになる味」でした。
開発を進めるにあたり、はじめに行なったのは香料の選定です。香りは、それぞれ個性を持った「パーツ(単品香料)」を調合することでつくられています。例えば「ストロベリーの香り」は300以上のパーツを組み合わせることでできているのです。通常、調香された香料の中から必要なものを選択するのですが、グリーンスパークリングウォーターでは、パーツ単位で検討しました。ライム系の香りを軸として、ライムと相性の良いハーブをブレンドするという方向で、香りの方向性を探ったのです。
 
―香り以外の要素でも、さまざまな挑戦があったそうですね。
はい。「かつてない軽さ」を実現するために、三ツ矢史上、過去に類を見ないほど酸度(酸っぱさ)を低く抑えてみました。試飲してみると、意外なことに「炭酸から感じる酸味だけで、爽快な味になるなぁ」と感じました。
さらに、コンセプトでもあった「微糖」を意識しながらレシピ設計を行いました。これは、「“糖類オフ”や“カロリーオフ”よりエッジの立った表示をしたい」というマーケティング部からの要望によるものですが、消費者庁の「栄養表示基準」で、「微糖」という表示を使用するためには「糖類が100mlあたり2.5g未満」という要件を満たさなければなりません。これは、一般的な炭酸飲料と比べるとかなり低い糖度です。この要件を満たしながら“おいしい”と感じてもらえる味や香りを再現したことも新たな挑戦でした。

―新たな挑戦をするたびに、いくつもの課題を乗り越えてきたわけですね。
 開発にあたっての一番の敵は、自分の中にある「既成概念」でした。「これまでに飲んだことのない味」ではなく、どうしても「知っている味」「自分がおいしいと思う味」の方向に持っていきたくなってしまうのです。試作品をマーケティング部に持っていくたびに「ありきたりすぎる」と突き返される……。その繰り返しでした。最終的に、試作品は80以上になったと思います。

―既成概念を打ち破れない、その状況を、どうやって打開したのですか。
途方に暮れて、炭酸チームの先輩方に味の設計について相談しました。すると、ある先輩が「もう少し明るくしたいよね」というアドバイスをくれたんです。
その言葉で、霧が晴れたような気がしました。なるほど、三ツ矢サイダーのような“華やかな明るさ”のある香りを加えることで、三ツ矢ブランドらしさも際立つはず……。そのためには何を使えばいいだろう? そう考えたときにふと浮かんだのが、「オレンジフレーバー」でした。この“隠し味”を加えたことで、いっきに味の輪郭が明確になり、最終的に納得のいく商品をつくることができました。
2018年4月に発売して以降、「三ツ矢 グリーン スパークリングウォーター」は、かつてない軽さの微糖炭酸飲料として、ターゲットである20代の若者から熱い支持を受けています。街中でリュックのポケットに入っているのを目撃したり、インスタグラムに写真がアップされているのを見ると、「やった!」という気分になりますね。
 
後の目標として、具体的にどんなことにチャレンジしたいですか。
実は私、9月1日付でマーケティング部に異動になったんです。商品開発の現場を知っている私だからこそ、さまざまな観点から新商品企画の提案ができると考えています。
今後の目標は、アサヒグループの中での飲料事業をさらに盛り上げること。そして、商品開発で培ってきた経験を活かし、会社の“次の柱”になるヒット商品を生み出すことです。その商品を通じて、多くのお客様を元気にできたらいいですね。
(2018年8月28日取材)