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「最高品質」への飽くなき追求でビールの味はどこまでも進化する 「最高品質」への飽くなき追求でビールの味はどこまでも進化する

アサヒビール(株)取締役 兼 執行役員 研究開発本部長 伊藤 義訓 Yoshinori Ito

日本のビール市場におけるアサヒビールのシェアは、戦後35%を超えていたものの徐々に低下し、1980年代中盤にはわずか10%を切るほどに低迷していました。
それから15年の歳月をかけて国内トップシェアを獲得するまでに飛躍した背景には、ビールに「辛口(ドライ)」という新しい概念を生み出した「アサヒ スーパードライ」(以降、「スーパードライ」)の存在があります。
1987年に発売された「スーパードライ」は、徹底した品質管理と生産技術の向上により、発売から30年を経た今なお進化を続けています。

日本を代表するトップブランドである「スーパードライ」がどのように開発され、お客さまに愛され続ける商品として成長してきたのか。
研究開発と生産現場の両方を知り尽くし、世界に誇る高品質なビールの生産技術の確立に長年貢献してきた伊藤義訓さんにお話を伺いました。

ビールに「辛口」の概念を生み出した、お客さま視点の商品開発とは

ー伊藤さんは博士号取得後に入社されたとのことですが、基礎研究ではなく商品開発を希望されたのはなぜでしょうか。
伊藤:面接官たちも「博士号まで取ったのだからおそらく基礎研究を志望するだろう」と考えていたようですが、私は「基礎研究だったら大学でやる。企業で働くのならば、お客さまに届ける商品をつくる仕事をしたい」と考え、商品開発部門を希望しました。

当時のアサヒビールは「スーパードライ」がヒットはしたものの、まだまだ業界トップシェアにはほど遠く、「自分が会社を成長させるのだ」という思いもありましたね。

ービールの商品開発とは、具体的にどのように行われているのでしょうか?
伊藤:アサヒビールの商品開発は、レシピをつくる上での「WILL(意志)」を明確に定義するところからはじまります。
お客さまが求めている味の仮説を立て、先に味の狙いを決めるのです。

ビールづくりは、いわゆる料理のレシピづくりと同じで、つくっては飲んでの繰り返しです。
これまでの知見により、こんな原料を使ってこういう風につくるとこんな味になるだろう、という予測はできますが、アサヒビールではそこから入ることはありません。

たとえば「スーパードライ」の開発時には、当時のマーケティング部長であった松井康雄さんの「西部劇のガンマンをイメージしたビールをつくりたい」というお題から始まったそうです。
「西部劇のガンマンとは何だろう?」「ガンマンといえばまさに男の世界」「男の世界といえばハードボイルド」「ハードボイルドを味で例えると?」といったやりとりから「辛口」というコンセプトが生まれました。
当時はビールに辛口という概念はなく、そこから「ビールにおける辛口とは何か」という議論を重ねました。

ビールは日本酒やワインのように分析値で甘口・辛口を分類することはできません。
そのため、辛口に共通する官能特性(香味特徴)を参考に、「さらりとした口当たり、シャープなのどごし。キレ味さえる」という味の狙いが定まったのです。


私が初めて手がけた商品は、「ウイスキーの水割りのようなビール」をコンセプトにした生ビールでした。
私は最初、ウイスキーの香りを細かく分析し、そこに多く含まれる燻製の香りを含んだ試作品をつくったのですが、当時のマーケティング部門の本部長に「まずくて飲めない!」と怒られましたね。
最終的には、ウイスキーに似た味の追求ではなく、ウイスキーのように香りを楽しむビールをつくるのだと思い至ったという経験があります。

ー原料や技術を組み合わせて「こんな味ができました!」というつくり方とは逆ですね。
伊藤:そうですね。「こんな味をお客さまに届けたい、こんな飲み方をしてほしい」といったコンセプトを元に、味の狙いを定め、その味をどのようにつくり出すのか知恵を絞り、具現化するのが商品開発の仕事です。

しかし、レシピづくりとは、研究所で味を決めるだけにとどまりません。
お客さまに届けるには、工場で大量にかつ安定的に味をつくる必要があるからです。

ビールづくりは料理と同じと言いましたが、毎日同じ原料を使って同じような手順でつくったとしても、まったく同じ味をつくり出すのは非常に難しい作業です。

ビールの主な原料は大麦を発芽させた麦芽とホップ、水ですが、大麦もホップも農作物なので、その出来は毎年必ず違いますし、工場のある場所によって水の特徴も違います。
また、発酵に欠かせない酵母は生き物なので、元気な日もあれば元気がない日もあります。
工場の発酵タンクは20mもの高さがありますから下の方にはものすごい圧力がかかります。上の方にいる酵母と下の方にいる酵母では働く環境が大きく異なりますし、その状態は日々刻々と変化します。

狙った通りの味を工場で安定的につくるには、実はかなりのテクノロジーが必要なのです。

そのためには、生産現場である工場との協働が不可欠です。

工場で実感した、現場とのチーム力で挑む“ものづくり”の醍醐味

ーその後、名古屋工場へ異動されましたが、なぜそのような道を希望されたのですか。
伊藤:商品開発を担当して4年ほど経ったころ、生産現場にいる同僚からこんなことを言われました。
「ものづくりの楽しさを味わえるのは工場の特権だ。研究所はそれに対して論理や理屈を言ってくれればいい」。
それを聞いた私は、「ものづくりの楽しさってなんだろう。せっかくメーカーにいるのだから自分もその楽しみを味わいたい」と思ったのです。

それから毎年、異動希望を出し続けた結果、入社7年目で念願の名古屋工場への異動が決まりました。

ー研究所と工場では、仕事のやり方や文化など色々と違う面があったのではないかと思います。
伊藤:今でこそ研究職で採用された新入社員は必ず現場を経験してもらうようになりましたが、当時、研究所のスタッフが工場に配置されるということはほとんどありませんでした。

工場への着任当初は「伊藤さんは理屈っぽいことばかり言う」などと言われましたね。

研究員や開発者がいかに理論を語っても、実際に手を動かすのは現場のオペレーターです。
自分一人の努力でなんとかなるものではなく、様々な人たちが連携して作業しなければうまく回りません。
これは研究所とは全く違う難しさでした。

ーそんな畑違いな環境で、どのようにコミュニケーションを深めていったのですか。
伊藤:もちろん工場の設備のことも必死に勉強しましたが、とにかく現場の人たちと会話をするように努めました。
困っている課題一つ一つの解決策を一緒に探っていく中で信頼を得られるように努力しました。

私と彼らに共通しているのは「おいしいビールをお客さまに届けたい」という想いです。

目指す味をつくるためにその作業がなぜ必要なのか、現場は一度納得してくれたら、どんなに大変なことでもやってくれるのです。それが私にとって大きな気づきでした。

ある頃から「この人は研究所から来たただの理屈屋じゃなくて、ちゃんと現場の自分たちの中に入り込もうとしてくれているな」という信頼関係ができはじめ、こちらの思いを伝えることができるようになりました。

ー現場とのコミュニケーションの積み重ねが、製品の品質向上にもつながっていったんですね。
伊藤:現場というのは、想定外のトラブルがとにかく沢山起きるところです。
一つ一つは大したことではなくとも、それを逐一解決していくことが品質の向上には欠かせません。

例えば、酵母を元気にするために酸素を供給するエアレーションというプロセスがあります。
送り込む空気の流量が一定になるように流量計という計器を見ながらバルブを開閉するのですが、ある時、酸素の供給量が不足するようなデータが出たことがありました。
オペレーターと協力して原因究明を行い、結果、バルブの動作不良を発見しました。

私は、そうした経験をまとめ、様々な計器の中から現場でいち早く異常を検知できるよう、独自のチェック項目をつくっていきました。
その細かなチェック項目を現場のオペレーターが確実に行っていくことで、名古屋工場で生産される製品の品質はどんどん向上していきました。

ついには、全工場の技術発表会で最優秀賞を受賞するまでになり、その時は現場のみんなと一緒に喜び合って、本当に嬉しかったですね。

研究開発の仕事は基本的には自分一人の努力で完結するものですが、工場は365日稼働しており、多くの人が関わる場所です。様々な人たちが連携して作業しなければうまく回りません。

ものづくりの楽しさとは、お客さまに喜んでいただく商品をチームで一丸となってつくり込んでいくこと。これに尽きると感じました。

全社横断型の生産技術開発プロジェクトで「考える現場」へ

ーその後は、研究所で開発部長を2年、マーケティング部で新商品企画とブランディングを数年間担当された後で、生産技術センターに着任されました。
伊藤:研究所と現場である工場、どちらも経験したことにより、課題が見えてきました。
アサヒビールの製造拠点は全国に8工場ありますが、工場設備の違いもあり、どうしても味のバラつきが出てしまいます。
また、工場は縦ラインで仕事をしており、当時は工場間の横の連携は行われていませんでした。

他の工場で起こった問題と解決策が共有できれば、自分の工場で同じ問題が起こった時に対処ができます。
また、入社当初から現場に入っているオペレーターは、その技術力の向上がどうしても後回しになりがちです。

そこで、個々が持つ技術力をお互いに切磋琢磨して、自己研鑽しながら向上していく場をつくりたいと考え、全工場のオペレーターを集めて、毎月1回必ず議論する機会を設けました。これはアサヒ独自の挑戦でした。

ーこの取り組みはどのように品質向上に繋がったのでしょうか。
伊藤:この場での議論をきっかけに、大きく2つの改革を行いました。

一つ目は、現場改革です。現場のオペレーターの裁量を拡大し、セルフ分析の仕組みを導入したのです。
多くのものづくりの現場では、徹底的にマニュアルをつくり、そのマニュアルを一つ一つ改善して行くという方法がとられます。
しかし、私たちが目指したのはさらに上のレベルでした。
ビールの原料は農作物で、酵母も日々変化しますから、マニュアルだけではなく、状況に応じて現場の人たち自身の裁量で、ビールづくりの工程の条件を、ある一定の範囲内で変えられるようにしたのです。

そのためには、今現在のビールの状態を正しく把握する必要があります。
一般的に分析は品質管理部門が行いますし、アサヒビールでも重要な指標の確認は品質管理部門が行っています。
しかし、分析の結果を待つ間も、ビールづくりは進んでいきます。
各工程できちんと仕上がっているか確認するために、現場で簡易的に分析する方法を編み出したことで、変化に素早く対応できるような仕組みをつくりました。

ー現場が裁量を持つということは、画期的であると同時に大きなチャレンジのようにも感じます。
伊藤:そうですね。正しい判断をするためには、発酵や背景理論の知識が必要です。
現場のオペレーターにわかりやすく伝えるため、生産部門の技術者は一層勉強するようになりました。

そして、その技術者たちに学ぶ現場側もどんどん優秀になる、という好循環が生まれてきたのです。
現場のオペレーターは高校卒業後すぐに就職した人も多いのですが、今や大学の授業で学ぶような生化学の知識まで理解し、ディスカッションしていますよ。

そうすると今度は、現場のオペレーターたちもどんどん新しい提案をしてくれるようになりました。
例えばセルフ分析時のサンプリングの工夫は、現場から発案されたアイデアです。

ーもう一つの改革はどんなことでしょうか。
伊藤:二つ目は、組織改革です。生産技術センターを、研究所からも工場からも独立した、全社に横串をさせる組織として整えました。

研究所は、優れた分析力で、どんなプロセスを経るとその分析値が出るのかメカニズムを解明し、分析値の指標化を行います。
いわば目指すべき目標づくりをするわけです。

生産技術センターは、そのメカニズムと目標値に基づいて現場が着目すべきコントロールポイントを提案します。

生産部門は、コントロールポイントの最適値を探り、それを実際に工場の現場で実行します。

このように、研究所、生産技術センター、生産部門の役割を明確に定義することで、三部門が三位一体となってビールの品質向上に取り組んでいます。

これは、アサヒビール独自の強みであり、世の中にそのような生産を行なっている会社は他にないと思います。


こうした取組みは、生産現場の変化を生み、品質の向上につながりました。

私たちの最終目標は、スーパードライを製造する全工場が、品質評価で100点満点を実現すること。
これはとてつもなくハードルの高いことです。
しかし嬉しいことに、10年前に始めた当初は70点程度だった全工場の平均点が今年はなんと90点を突破したんですよ。

ー何か一つの劇的な変革があったからではなく、ビールづくりに携わる人たちの視点が少しずつ変化したことが積み重なり、品質評価の向上という大きな進歩にまでつながったのですね。
伊藤:先日、欧州のグループ会社の技術者のトップにプレゼンテーションする機会があったのですが、非常に共感をしてくれました。
何が一番良かったか聞くと、「普通の現場のオペレーターはワーキング・オペレーターだ。でもアサヒのオペレーターはシンキング・オペレーター、考える現場だ」と。

それはまさに私たちが大切にしているものづくりの姿勢なのです。

目指すべき味はただ一つ。「最高品質」への追求が、「スーパードライ」を唯一無二の存在にする

ービールの「品質」とは何か、アサヒビールはどのように考えているのでしょうか。
伊藤:何をもってビールの品質とするか、これはビール会社によってそれぞれ独自の思想があります。

我たちアサヒビールの考える最高品質とは、「スーパードライ」のコンセプトである「さらりとした口当たり、シャープなのどごし。キレ味さえる、いわば辛口」を、いつ・どこで・誰が飲んでも感じられるビールをつくり続けることです。

そのためには、100点満点の全くばらつきがないビールを全工場でつくり続けなければいけません。

それは非常に難しいことですが、その目標を実現するために、現場では300項目以上のチェックポイントをつくり、さらにセルフ分析によって数十項目を分析し、その分析結果によってパラメータを非常に細かく調整しています。

何か一つのパラメータがずれたからといって直接、味に影響を与えるわけではありません。
しかし、一つ一つの工程全てにこだわり、現場が集中して作業することこそが、最高品質のビールを届けることにつながると考えています。

このような仕組みを整えたことにより、日本だけでなく世界中どこで生産しても「スーパードライ」の本質的な価値をお届けできると自信を持っています。

開発時にお客さまに届けたいと願った「本来の狙いの味」を完璧に届けるために、「スーパードライ」はまだまだ進化を続けます。
今後はさらにおいしくなると自信を持って断言しますよ。

世界のお客さまに新しいビールとのくらしを届けるために、「挑戦」を続ける

ー現在、研究開発本部長のお仕事をされる中で、研究開発に対してどのような思いをお持ちでしょうか。
伊藤:アサヒビールは、私が入社した30年前に比べて業界での存在感も大きくなりました。

やはり組織が大きくなると、私たちが本来一番大切にしてきた「挑戦」をなかなかしづらくなってしまうんですね。
特に研究開発が失敗を恐れてばかりいては、到底イノベーションを起こすことはできません。

今、研究開発部門に対して、私は「あえて失敗しろ」と伝えています。
起業家精神でとにかくやってみよう。もしうまくいかなければ引けばいい。
ビールというのは生きるのに必要な栄養素を摂取するという類の食品ではなく、生活をちょっと豊かにする「嗜好品」です。
無くても困らないものだけど、お客さまの生活にちょっとした驚きや喜びを与え、行動や心を変える。
そんなきっかけになれる存在だと考えています。

そんなビールをつくり続けるためには、誰も思いつかないようなことに挑戦しなくてはいけません。
それを率先してやるのが研究開発部門でありたい。そう思っています。

そういう機運を高めるために、例えば研究開発部門から新商品のテストマーケティングに乗り出すなど、私自身も積極的に挑戦する姿勢を見せるよう努力しています。
ただ、挑戦する主体はやはり研究員なのです。

研究員にはとにかくアイデアを出して、失敗を恐れず、面白いことをどんどんやってほしいですね。
そこでの本部長としての私の仕事は、「こんなに面白いアイデアなのだからやってみようよ!」と関連部門のトップに掛け合うことも含めて、挑戦への阻害要因をできるだけ除くことだと考えています。

日本にドライビールの概念が根付いたように、世界中どこにもない新しいビール文化を生み出すのはいつもアサヒビールでありたい。
それを実現できるよう、これからも挑戦を続けていきます。

(2018年6月22日取材)