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アサヒ ラボ・ガーデンは2018年2月16日(金)を持ちまして閉館いたしました。皆様の長年にわたるご愛顧に心から感謝申し上げます。

イベントの報告

「竹鶴政孝 ヒゲのウヰスキー誕生す。」
~ジャパニーズウイスキーの父、竹鶴政孝物語~
開催日時
2018年1月26日(金)18:30~19:45
講師
アサヒビール(株)マーケティング本部  ウイスキーアンバサダー 簑輪 陽一郎 講師
このイベントは
終了しました

投稿日:2018年1月26日 20:10 投稿者:トラさん カテゴリー: 成人(お酒)

本日のイベントは、「竹鶴政孝 ヒゲのウヰスキー誕生す。」です音符

本日は雪が舞う寒い日でしたが、

たくさんの方にご参加いただきましたよひらめき

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アサヒグループのニッカウヰスキーは、おかげさまで一昨年創業80周年を迎えることができましたひらめき

このニッカウヰスキーの創業者であり、日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝は、

過去にNHKで放送された「マッサン」でその名がよく知られるようになりましたね。

彼は青年期に関西で学んだあと1918年単身スコットランドに赴き、

帰国後、日本初のウイスキー蒸溜所の建設に携わりました。

何故ジャパニースウイスキーは大阪を中心に生まれ育ったのか。
グラスを傾けながら、竹鶴政孝を育てた在阪の恩人たちや、夫を支え続けたリタ夫人に思いを馳せますひらめき

講師は、名物講師のウイスキーアンバサダー 簑輪陽一郎講師です。

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まずは、「ブラックニッカ リッチブレンド」のハイボールで乾杯です!happy01

皆さま、お味はいかがでしょうか??
簑輪講師も「う~ん、美味しいですね」とひとことlovely
このハイボールのアルコール度数は約7~8パーセント。
ウイスキーは、自分の好みや体調によって
度数をいろいろと調節して楽しめる
都合のいいお酒なんですってハート
飲みながら、美味しいハイボールを作るポイントも教えていただきましたよひらめき
最後にフロートする事で、ハイボールもとても香りが高くなり、ウイスキー本来の香りがしっかり楽しめますねハート
乾杯のあと、早速『竹鶴政孝』についてのお話が始まりましたhappy01

竹鶴は広島県竹原にある日本酒の造り酒屋(竹鶴酒造)の三男に生まれ、大阪高等工業学校の醸造科に入学しました。

しかし日本酒より洋酒に大変興味を抱いていた竹鶴は、在学中ながら日本で当時指折りの洋酒メーカー「摂津酒造」に入社したのだそうです。

社命によりウイスキー造りを学ぶため英国グラスゴー大学に聴講生として留学しましたが、知識だけでなく「技術」を習得したいと、ウイスキーの本場スコットランド各地の蒸溜所を訪ね歩き、実習を願い出ました。

しかし、当時ウイスキーはスコットランドの自由と独立の象徴ひらめき、なかなか簡単には他国の青年に技術を教えてはくれませんでした汗2

何度も断られながらようやく実習が叶ったのが、偶然にも伝統ある優れた蒸溜所だったそうですconfident

実習先では、メモをとるのも禁じられていたそうで、必死で目で耳で手で覚え、帰宅してから詳細にノートに清書しました。

これが後に「竹鶴ノート」と呼ばれており、日本におけるウイスキー造りの教科書となりました本

このノートのおかげで、現在、私たちが気軽にジャパニーズウイスキーを楽しむことができているのですね目

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いよいよ、竹鶴政孝と妻リタについてのお話、出会いとその後の2人についてのお話ですひらめき

過去にNHKで放送された「マッサン」で有名なお話も交えながら、楽しく進んでいきましたよ音符

NHKのドラマにも同様のエピソードが放送されていましたが、竹鶴はリタさんに「このまま一生スコットランドに残ってもいいから僕と結婚して欲しい」とプロポーズしましたひらめき
それに対してリタさんは、「日本でウイスキー造りをするのがあなたの夢なのだから、私が日本についていきます」と応えたそうです。
お二人の愛あふれる強い絆とエピソードもたくさん紹介していただきましたlovely
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リタさんはとても日本を愛して献身的に竹鶴を支えました。
日本に馴染むためには、日本語を学ぶよりも日本食を学んだ方がいいよ、とアドバイスされたリタさんは
積極的に日本食を学び、とても上手に作られたんですって音符
晩年竹鶴は「リタほど日本人になりきった外国人も少ないと思う」と残しているほどです。

そんな強い絆の2人にも、戦争という避けられない試練がありました。
戦時中の2人のご苦労も聞き心が痛みましたね。。。
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リタさんが亡くなったあと、竹鶴は余市の貯蔵庫にこもり、当時考え得る最高の原酒を
彼女のために作りました。
それが「スーパーニッカ」。
竹鶴の、リタさんへの思いを感じながら
スーパーニッカもご試飲いただきましたよひらめき
また竹鶴は、ウイスキーの瓶にもこだわり、
何年もかけて熟成させたウイスキーを世に出すことは
娘を嫁にやるようなもの。
だから、花嫁衣裳はりっぱなものを着せてやりたいと、
瓶の形やラベルのデザインにも手を抜くことはなかったそうですlovely
さて、竹鶴は1934年に
「スコットランドに似た北の風土で、本当のウイスキーをつくりたい」と
渡英後16年にして、北海道でその夢をかなえました。
当時の竹鶴の思いを偲び、今度は「竹鶴ピュアモルト」を試飲です。
やわらかなモルト(麦芽)の香り、
リンゴ、洋梨の果実香、まるいシルクのような口当たり・・・
マッサン流の、香りを味わうスタイルも紹介していただきました目
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竹鶴はリタさんが亡くなった後、長く暮らした余市の町、と蒸溜所が見下ろせる丘にお墓をつくりました。
墓石にはいつまでも一緒にいられるようにと、自分の名前も刻ませたそうです。
「竹鶴政孝 竹鶴リタの墓」の日本字とともに、
「IN LOVING MEMORY OF RITA TAKETURU~」
愛しいリタの想い出とともに。。。。
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最後に、ウイスキーを楽しむための心得についてもお話頂きましたいいね
なぜ年数をラベルに表示しないのか・・・
竹鶴の、ウイスキーに対する思いが、ぐっと胸に迫りましたよconfident
本日のイベント、いかがでしたでしょうか?
ウイスキー片手に心あたたまる竹鶴とリタの物語を味わっていただけましたら幸いですconfident