ステークホルダー・ダイアログ2023
グローバルな観点から捉えた、人権取り組みの評価と将来への期待
アサヒグループは経営トップのコミットのもと、人権尊重を事業活動の基盤と位置付け、取り組みを進めています。その実践が的確になされ、着実に進展しているかを把握する方法の一つとして、WBA※1のCHRB※2評価の結果を活用しています。
また、2023年12月には「アサヒグループ人権方針」を改訂しました。この改訂によって、注力する対象として子どもや女性、移民労働者等の「脆弱なステークホルダー」の人権尊重を新たに明記しています。
今回のダイアログでは、2022年のCHRB評価結果を踏まえながら、グローバル企業としてのアサヒグループの立ち位置や、「移民労働者」「サプライチェーン全体」の人権リスクに対して今後どのように取り組むべきかついて、有識者との意見交換を行いました
(2023年11月実施)
- WBA (World Benchmarking Alliance):SDGsに関する企業のパフォーマンスを測定し、奨励するためのベンチマークを開発、無料で一般公開している非営利団体
- CHRB (Corporate Human Rights Benchmark):WBAのベンチマークの一つで、リスクの高いセクターに属する企業の人権に関する方針、プロセス、実績を評価し、説明責任のメカニズムを提供するもの。業界別に2017年から実施されている。
参加者
有識者(順不同)
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World Benchmarking Alliance(WBA)
Namit Agarwal氏
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World Benchmarking Alliance(WBA)
Annabel Mulder氏
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International Organization for Migration(国際移住機関)
Anastasia Vynnychenko氏
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SGSジャパン株式会社
藤木 聡子氏
- SGSジャパン株式会社 :スイス・ジュネーヴに本社を置く、世界最大級の検査・検証・試験・認証を行う企業 SGS株式会社の日本法人
アサヒグループ
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アサヒグループホールディングス(株)
代表取締役社長 兼 CEO勝木 敦志
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アサヒグループホールディングス(株)
取締役 EVP 兼 CHRO谷村 圭造
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アサヒグループホールディングス(株)
取締役 EVP 兼 CFO﨑田 薫
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アサヒグループホールディングス(株)
専務執行役員 CGAO朴 泰民
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アサヒグループホールディングス(株)
専務執行役員北川 亮一
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アサヒグループジャパン(株)
代表取締役社長 兼 CEO濱田 賢司
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アサヒビール(株)
代表取締役社長松山 一雄
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アサヒ飲料(株)
代表取締役社長米女 太一
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アサヒグループ食品(株)
代表取締役社長川原 浩
- 役職名は2023年11月当時のもの
CHRBの評価から見る、取り組みの現在地
勝木私がアサヒグループとして人権に取り組まなければならないと強く感じた契機は、2015年の英国現代奴隷法の制定です。ただ今から思えば、当時は調達への影響やレピュテーションへの影響など、経営リスクとして捉えてしまっていました。
その意識を改めるきっかけになったのが、2019年から今回まで続くステークホルダー・ダイアログです。有識者の皆様と対話を重ねる中で、人権侵害とは企業にとってのリスクではなく、ライツホルダー、つまり人権を有する人々にとってのリスクだと認識することの重要性を学びました。一方で、ライツホルダーに直接アプローチして解決を目指す行動はまだまだ不足していると自覚しており、CHRBでもその点が指摘されたと認識しています。
Mulder氏アサヒグループについては2019年からCHRBの評価を行っていますが、食品・農産物セクターにおける最重要企業の一つと位置付けています。
このセクターは他のセクターと比較して人権リスクが高いこと、非常に多くの労働者が関わっていることなどの特徴があります。関連のある人権リスクとして、生活賃金を下回る支払いや児童労働、採用費用の徴収を含む強制労働、結社と団体交渉の自由、労働者とコミュニティの健康と安全、土地の権利、水と衛生、女性の権利などが挙げられますが、これらはすべてCHRBの評価項目に含まれています。
Agarwal氏2022年のCHRB評価では、アサヒグループは100点満点中19.8点、セクター55社の中で26位という結果でした。結果を見ると、セクター全体の平均スコアはまだ低い状態ですが、セクター内の企業間では取り組みに大きな差が生じています。
アサヒグループは2030年までの計画を持ち、取締役会レベルの監督や社内の責任が明確であることなどのグッドプラクティスが見られ、適切な方向性でアプローチしていると感じます。今後、「アサヒグループ人権方針」が実行に移され変革が形になれば、CHRBのスコアでも目に見える結果として表れてくるでしょう。
﨑田評価を通じて、「人権尊重と人権デューデリジェンスの定着」は比較的
スコアが高かった一方で、「救済措置と苦情処理メカニズム」「人権の実践」について特に改善の余地があると指摘されました。これらのテーマに対して、どのように課題を発見しアクションを起こすべきでしょうか。
Mulder氏ライツホルダーの全面的な関与がプロセスとして求められると思います。何が重要なのかをライツホルダーから語ってもらうこと、そこで明らかになった課題を追跡し、コミュニケーションを継続することが重要です。
また、グリーバンスメカニズムの確立も必要です。取引先や近隣住民、従業員を含めたすべてのライツホルダーにメカニズムを理解してもらい、信頼いただき、アクセシビリティを高めることは、メカニズムの質を向上させることにもつながるでしょう。
勝木CHRBの評価は、企業間で優劣をつけるのが目的ではなく、企業間やセクター内でベストプラクティスを共有し、人権課題の解決をグローバルで実践していくものだと考えられますね。
Agarwal氏全くその通りで、私たちはこれを「community of practice(実践共同体)」と呼んでいます。課題の多くは制度的・システム的なもので、一社や限られた業界だけで解決できるものではありません。様々な企業が共通のサプライヤー・共通のコミュニティでつながっているはずですし、各社が強みを発揮できる側面も異なりますから、CHRBを通じてお互いの課題や実践をシェアし合える仕組みになればと思います。
北川裏返して言えば、サプライヤーにとっては当社だけが顧客ではないということですね。多数の顧客からそれぞれに何度もデューデリジェンスを受けて、それぞれのグリーバンスメカニズムを使うというのは非効率な面もあります。そうした仕組みを束ねるような団体の出現を、各業界が待っているのではないでしょうか。
藤木氏まさにその通りで、一社でやるべきことがある一方で、各社が一丸となって取り組むべき課題もあります。
SGS(株)には、NGOや人権団体から長時間労働などの告発を受けた企業が相談にいらっしゃいます。調査すると、告発された企業だけでなく、同業他社も同じサプライヤーを使っていることが明らかになったため、各社が協働しワーキングチームを作って改善に乗り出す取り組みをされたというケースもあります。また、例えばSedexのような既存の仕組みを活用して、監査など各社で重なるところをなくしていくことは有効と考えられます。
移民労働者の人権リスクには、
マルチステークホルダーのアプローチやパートナーシップが必要
Vynnychenko氏サプライチェーンにおける問題に取り組む際、移民労働者は重要な役割を果たします。アジアは、長い間移民労働の主要拠点です。アジアでは約2,400万人の移民労働者を受け入れており、これは世界全体の移民労働者の14%に当たります(国際労働機関、2021年)。日本でも既に250万人が移民労働者として登録されています。人口動態の変化や高齢化、グリーントランジション、経済格差などを考慮すれば、今後数十年間は移民労働者がサプライチェーンの持続的成長において重要な役割を担うことは間違いありません。国際協力機構(JICA)やJP-MIRAI※は、日本がGDP成長目標を達成するためには、2040年までに670万人の移民労働者が必要だと推測しています。
労働力不足に対処するため、グローバルで企業における移民労働者の必要性が高まる一方で、移民労働者は採用、雇用、海外での生活において、人権・労働権侵害の不釣り合いなリスクにさらされています。例えば、高額な雇用手数料や欺瞞、差別、債務による束縛、不平等または未払い賃金、移動の自由の制限、帰国後の有給雇用の欠如、再移住のプレッシャーなどがあります。それらに対する救済策へのアクセスが限られているのも問題です。
- JP-MIRAI:民間企業・自治体・NPO・学識者・弁護士などマルチスークホルダが集まり、設立された任意団体。日本国内の外国人労働者の課題に真摯に取り組み、責任をもって外国人労働者を受入れ、「選ばれる日本」となることを目指している。
﨑田各国・地域で経済レベルが異なるため、移民労働者が職を求めて移動し、彼ら彼女らの雇用によって企業が労働力不足を補うことは自然な成り行きだと思うのですが、それを悪用しようとする動きがあることが問題だと捉えています。自社での雇用の管理を徹底することはもちろん、サプライチェーンの中で行われていることに目を配り、責任を果たしていかなければならないと感じます。
濱田当社グループのお得意先である飲食業界や流通業界には多くの外国人労働者がいることを踏まえると、当社グループとして直接雇用していない移民労働者が不法・不当に搾取されている可能性についても考えなければならないですね。我々が責任を持って人権デューデリジェンスを行い、常にウォッチして必要な場合は是正措置を働きかけていく必要があるでしょう。
Vynnychenko氏そのためには、サプライヤーやビジネスパートナーに対して必要なサポートや訓練、人権デューデリジェンスを実施し、責任を持って移民労働者の採用・雇用を管理するためのツールを提供し、サプライヤーに対するアセスメントの実施が求められます。ここでも、グリーバンスメカニズムが重要な役割を果たします。移民労働者が懸念を感じた際にどのような懸念も伝えられること、そしてサプライヤーが効果的な救済策を提供し、より持続可能で前向きな変化に向けた改善策を導入していることをアサヒグループがモニターすることは、日本においても移民労働者の出身国においても重要です。
谷村移民労働者の課題を考える際には、自国の労働者も含めた包括的な視点が必要だと考えています。移民労働者を「自国民が就きたがらない職業に雇用する」「低賃金だから雇用する」ということは実態として起きているかもしれませんが、そうではなく、より積極的に移民と自国民の労働力をミックスしていく方策を検討し、その中で企業として自社の労働力を包括的に考えていく必要があると思いました。
Vynnychenko氏おっしゃる通り、自国民の労働者を採用できるのであればどの国でもそれを優先するでしょうが、労働力不足のさまざまな統計やデータを見るとそれはもう不可能になってきていると感じます。
ですから、移民・自国民に限らず全ての労働者にとって非差別・公正・公平な労働環境を担保することが重要となります。それはつまり、労働者不足を補うというアドホックではなく、移民労働者と自国の労働者がどうやって共に働くのかを検討し、職場での統合を果たし、戦略として実践していくという視点が長期的な人事計画には必要になるということです。社会福祉制度の中で移民労働者をどのように扱うかも、今後議論が求められるでしょう。
人権リスクに誠実に向き合い、サプライチェーン全体で改善に臨む
藤木氏企業が人権デューデリジェンスを進めていくと、様々な課題に直面します。その中でも特に重要なこととして「リスクの特定と計画の実行」「ガバナンスにおけるコンプライアンス」の2つを挙げたいと思います。前者はアサヒグループでも着実な進捗が見られており、今後の実行・実践に期待しています。
一方、後者は人権デューデリジェンスにおいて横に置かれがちです。コンプライアンスとは法令遵守に留まらず、グローバル社会の要請に応えることです。経営陣が不正を甘く見たり、子会社・サプライヤーの問題を自社の業績や株価にダメージを与えるものだと認識せずにいれば、大きなリスクにつながります。ですから、リスクマネジメント体制を確立し、サプライチェーン/バリューチェーンに至るまで行動規範の意味するところを理解し徹底すること、コンプライアンス意識を高めて活動を進めることが重要です。
濱田最近は、社会的に大きなインパクトを与えるような事件が起きると、堰を切ったように社会の要請が一つの方向に流れていくということが起こります。また、気候変動や少子高齢化といった外部環境の変化などによって、今までにないリスクや課題が生じる可能性があり、問題が拡大する速度を超える勢いで対応していかなければなりません。つまり、事業環境における変化の兆しをいかに捉え、即決し、行動に移せるかが経営者としてますます重要になっていると感じます。
藤木氏おっしゃったように課題に向き合い社会的責任を果たそうとすると、その行動と企業の利益が一時的に対立することもあり得ます。例えば、長時間労働の是正と納期厳守の間ではジレンマが生じます。しかし、長時間労働による健康被害などが明らかになるにつれて、欧州を中心に購買慣行の改善を目指す議論が進むようになりました。ですから、社内や関係者間で理解し合い、将来的には両立を目指そうという目的を持つことが、企業にとって重要な戦略となり価値創出にもつながるはずです。
米女このジレンマは、社内での取り組みと社員一人ひとりの意思の間でも生じるものだと思います。
長時間労働とならないよう様々な取り組みをしていますが、一方で特に若手社員が「自分自身がやりたいから」とやりがいを発揮することで長時間労働になっているケースがあり、納得してもらうにはどのように対話すべきかが大きな悩みです。将来にわたる健康・ウェルビーイングの観点も踏まえて、一人ひとりがどのように働くべきなのか、そして企業経営を何のためにやっているのか、長期的に捉えて検討し行動することが必要だと痛感します。
川原今、話に出たようなジレンマを含めて、事業運営にはトレードオフがついて回ります。特に、法規制だけでなく社会からの要請によってハードルが一段と高くなり、事業が制約を受ける場面に数多く直面します。それをすべて解決することは非常に困難ですが、アサヒグループが働く場として「選ばれる会社」になるための努力を続け、トレードオンに変えていくしかないと考えています。そうすることで、人口減少の状況の中でも労働力確保にプラスの影響が表れてくると信じたいですね。
勝木トレードオフの関係をトレードオンにしていかなければならないというのは、まさにその通りです。例えば長時間労働と納期厳守との対立が生じたとき、あるいはサステナビリティと生産活動との軋轢が生じたときに、どちらを選ぶべきかというのは、トップしか決められないことです。その意味で、本日この場に参加している各社・各部門のトップが決断すれば、それをトレードオンにできるはずだと思います。
松山人口減少や市場縮小などを受けて競争も激化しており、私たちがどのように決断すべきか、ますます難しさを感じます。社会からの要請に加えて、世論やSNSで拡散する意見などもあり、レピュテーションリスクの大きさに戸惑うことも少なくありません。そうした状況の中で、顧客の期待に応え、コンプライアンスを進め、かつ社員の心身の健康を守ることは、一筋縄ではいかないと感じます。人権への取り組みは社会全体でもまだまだ過渡期の状態ですから、未知の状況に直面するたびにそれぞれが悩みながら取り組んでいくことになるでしょう。そこからベストプラクティスが生まれ、社会全体で学び合って少しずつ前に進んでいくのだと思います。
朴本日の議論全般に言えることですが、まずは人権リスクに気付くこと、それから、いかに人権リスクの死角を作らないようにするかが重要だと感じました。国内外の他社事例を共有したり、定期的な教育を行ったりといったことを積み重ねて、着実に前進していければと思います。
藤木氏アサヒグループホールディングスのサステナビリティ・人権ページ(WEBサイト)には、人権デューデリジェンスの具体的な取り組みとして様々な調査を行っているという記載があります。これに加えて、実際にどんなリスクや問題がどのくらいの件数あったのか、それをどう追跡しどのように是正したのかといったことも開示されたほうがよいでしょう。日本では「改善ができないうちは開示をしたくない」という傾向の企業が多いと感じていますが、サプライチェーンやバリューチェーンに問題があるのは当たり前だと私は考えています。問題があった事実を開示し、いつまでに是正をするかを報告したほうが、より誠実さや透明性が感じられると思います。
谷村本日の議論を通じて改めて、開かれた場での対話の大切さ、またそれを実際の人権の取り組みに活かし、広く社会とシェアしてくことの大切さを強く認識しました。持続的かつ自律的に人権を尊重し、包摂的な考え方で課題解決に臨むこと、そしてその姿勢を次の世代にも引き継いでいかなければ、社会の要請に応え続けることはできないでしょう。その実践が我々経営陣に問われていると、今また思いを新たにしています。
勝木私たちは、たくさんの方々に支えられてこれまで事業を行ってきました。だからこそ、社会が、人々が、持続可能でないと事業を続けることができないという意味で、人権というのは事業の基盤そのものだと感じています。
有識者の方々からいただいたたくさんのご意見・ご指摘に対してはきちんと改善に取り組むとともに、今後も人権尊重に向けてたゆまぬ実践を続けてまいります。本日は誠にありがとうございました。