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青山ハッピー研究所 ハピ研

「人がしあわせを感じるモノやコトって、何だろう?」衣・食・住・美など生活に密着したテーマでその答えを考える“しあわせ探しの情報サイト”

ハピ研について

ハッピーダイアログ | 注目!の30代が先達をたずね未来をさぐる

第2回「しあわせにはたらく」Happy Dialog deck 〜未来の幸せを探る〜

「しあわせにはたらく」をテーマに3回にわたって連載するハッピーダイアログ。第2回目は、「シブヤ大学」とのコラボレーションにより、「ママジョブ」の代表・斎藤あや子さん(33歳)と、斎藤さんが憧れる先輩で、米・フォーチュン誌で世界最強の女性経営者に10年連続で選ばれた派遣会社「テンプスタッフ」の代表・篠原欣子さん(75歳)を講師に迎えた特別授業「Happy Dialog deck〜未来の幸せを探る〜」の模様をお送りします。また本授業の司会進行役を務め、シブヤ大学恵比寿校長である小倉若葉さん(37歳)も乳幼児を抱えるママの一人。日ごろから、“働くママ”が抱える問題と向き合う3人に、現在の社会環境、受け入れる企業の体制、さらには働きたいと欲するお母さんのモチベーションや、仕事を持つ喜びについてお話しを聞きながら、「しあわせに はたらく」とは一体どんなことなのかを参加者全員で考えてみました。

シブヤ大学×ハピ研:「Happy Dialog deck〜未来の幸せを探る〜」
開催日:2009年8月29日(土)
会場:恵比寿・SPAZIO1
メインスピーカー:斎藤あや子さん(株式会社ママジョブ代表取締役)
スペシャルゲスト:篠原欣子さん(テンプスタッフ株式会社代表取締役社長)
司会進行役:小倉若葉さん(シブヤ大学恵比寿キャンパス校長)

36年前の女性も働きたかった。
その気持ちに応えるために会社を作った

小倉まず、斎藤さん、なぜ篠原さんにお会いしたかったんですか?

斎藤女性の経営者の先輩として、篠原さんにはかねてから憧れと尊敬の念を抱いていました。私が生まれる前から篠原さんは“女性の活躍できる場を作る”を目的にテンプスタッフを創業され、ここまで大きな会社に育て上げてこられた。今日は篠原さんのご経験をいろいろとお尋ねできれば幸いです。

篠原ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

斎藤では、さっそく質問させていただきます。私は今、株式会社ママジョブという会社の代表として、女性の雇用について取り組んでいます。女性の社会進出は、現在もなかなか理解がない面がありますが、篠原さんがテンプスタッフを立ち上げられた70年代はもっと厳しかったと思いますが。当時はどんな時代だったのでしょうか?

篠原約35年前にテンプスタッフを創業しました。その以前、留学を経てオーストラリアで仕事をしていたのですが、外国人女性が生き生きと働いている様子を見て、個人的には“びっくり仰天”の状態でしたね。当時の日本企業は、女性が能動的に働くことなんてできない状態でしたから。帰国後、その現実に直面して、じゃあ女性が生き生きと働ける場所を自分で作ってみちゃおうと、本当に軽い気持ちで起業したんです。派遣業についてはオーストラリアでその存在を知って便利なシステムだと思ったので、「ダメならやめればいいのよ」ぐらいの感覚ではじめました。そんな風でしたので、会社を経営することの大変さは、会社を作ってから初めて理解したという状態です(笑)

斎藤その時代に、篠原さんのように起業する女性はいたんですか?

テンプスタッフ代表・篠原欣子さん

篠原起業するなんて大それた気持ちはなかったんですが、そういえば、私と同じように会社を作ったという女性は聞かなかったですね。ただ、何で私が「自分で仕事を作ろう」と思ったかといえば、母の影響が大きかったかなぁと。私の母は日本で初めての助産師で、父が亡くなった後に開業して私を含めた5人の子を育てました。その背中を見ていたので、女性が仕事をするのがごくごく自然のこと、という感覚が染み付いていたのでしょうね。

斎藤私は出産した女性の働くについて重点的に活動していますが、篠原さんが創業した時代は、女性の会社員が出産するとなると、やっぱり退職というのが一般的だったんでしょうね。

篠原そうですね。今から30年前は、女性は結婚したら家庭に入ることが常識でした。

斎藤でも、当時の女性もどこかで働きたいという気持ちはあったんですよね?

篠原きっと働きたい気持ちは、みんな持っていたと思いますよ。ただ、社会環境が整っていなかったせいか、働きたいと欲する女性と出会うのはとても大変でしたね。ちょうどその頃は、外資系企業が日本進出し始めてきた時代。英語が話せる、タイプが出来る女性を求める声が次第に増え、それと同時に派遣事業を行う私たちのニーズも高まってきたのですが、今と違って、人材を確保するのはとても苦労をしましたね。

世の中にあるニーズに応え続ければ
チャンスはおのずと巡ってくる

進行役のシブヤ大学・小倉若葉さん

小倉篠原さんの著書を拝読させていただいたのですが、創業当時はいつも泣いてばかりいたとの記述がありました。やはり大変なことばかりだったんでしょうか?

篠原大変でしたよ(笑) お金がなくて、どうしようと悩みながら経営していました。経営は火の車もいいところで、泣きながら母にお金を借りに行ったことが何度もありました。あまりに母を頼るものですから、兄から「欣子には金を貸すな!」なんて言われていたので、朝早くコソコソと実家に出向いて2万円貸して貰ったことも(笑)。本業がなかなか動かないので、ビジネスマン向けに英会話教室を開いて、その月謝で会社を切り盛りしていたこともありました。

小倉そういうご苦労を経て、篠原さんは「女性が働く場」を築かれてきたわけですね。

篠原働く女性が少なかった当時は、いくら本人が働きたくても、いろんな事情がそうさせないこともよくありました。例えば、ある女性が「9時から17時までは働けないけれど、10時から16時までだったら大丈夫」と言うのですが・・・。よく話を聞けば、ご主人が「働いてはダメ!」と言っているので、ご主人が仕事に出掛けている間に内緒で働きたいというわけです。昔の女性は、みんな苦労されているんですよね。それから外資系企業の進出とともに、だんだんと優秀な女性たちが社会に出られるチャンスが広がっていったように感じます。テンプスタッフとしても、いい時期に創業できたのかもしれませんね。

小倉篠原さんご自身、そうした時代の流れを的確に掴んでいらっしゃいました。チャンスをものにするコツはありますか?

篠原結局、世の中のニーズに応えることなんだと思います。今もテンプスタッフでは働く人たちのニーズに応えるために、様々な事業を展開しています。例えば、仕事と育児を両立したいという女性のニーズに応えるために保育園を作ったり。また高齢化社会に対応しようと、介護施設への人材紹介に取り組んでいるグループ会社もあります。自分発信でニーズを作っていくとなると、これがとても難しいんですよね。しかし、世の中に既に存在するニーズに敏感に一つひとつ応えていれば、自然とチャンスは巡ってくるのではないでしょうか。

小倉ニーズに応えていくという視点は、女性ならではのような気がします。

篠原そうですよね。男性はどちらかというと、ないものを作っていこうとしますよね。そして、目標に向かって「こうだから、こうしよう」と道筋を立てて動いていきます。世の中のニーズに対して柔軟に対応していくのは、女性ならではの視点といえるかもしれません。私自身も明確な目標があったわけではなくて、成り行きの起業でしたしね(笑)

約50名の受講生とともにテーマ「しあわせに はたらく」について考えた公開授業の様子

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プロフィール

斎藤あや子さん

1976年、山形県生まれ。96年に短大卒業後、情報誌の広告営業・編集・企画等の仕事に携わる。03年に産婦人科及び小児科設置の子育てママのフリーマガジンをゼロから立ち上げる。その経験を生かし、06年に通販のマタニティ・子ども服購入者向けの会報誌のテコ入れにも参加し、編集方針を読者ママのニーズに合わせ大幅に変更し売上増を実現。 07年大手ベビー用品会社と産婦人科設置+顧客向け情報誌を立ち上げる。同年2月個人事業主「ウーマンドリーム」(=現株式会社ママジョブ)にて、子育てママのためのお仕事サイト「ママジョブ」開始。現在、株式会社ママジョブの代表取締役。
»ママジョブサイト

篠原欣子さん

1934年、神奈川県生まれ。53年、高木商業高等学校卒業(現:高木学園女子高等学校)を卒業後、三菱重工業株式会社に入社してOL生活を経験。57年に会社を退職後、単身スイス、イギリスに語学留学し、秘書学を学ぶ。71年、オーストラリアの現地マーケティング会社「ピーエーエスエー社」で秘書として入社。73年に同社退職後帰国、同年、オーストラリアで知り得た人材派遣サービスからヒントを得て、人材派遣会社「テンプスタッフ株式会社」設立。08年10月1日、ピープルスタッフ株式会社(現:テンプスタッフ・ピープル株式会社)と経営統合。テンプホールディングス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。
»派遣・人材派遣のテンプスタッフ

小倉若葉さん

1971年、神奈川県生まれ。青山学院大学法学部卒業後、編集プロダクションを経て、フリーランスライターとして独立。99年12月、恵比寿に事務所を構え、00年に有限会社デュアル代表取締役に就任。08年夏、妊娠中よりシブヤ大学恵比寿キャンパス開校準備にかかわる。同年10月、男児を出産。現在、育児の傍ら、編集者、ライター、エッセイスト、プロデューサーとして活動中。
»シブヤ大学 恵比寿キャンパス日記